« 2008年6月10日 | トップページ | 2008年6月15日 »

2008/06/12

信仰の理由

歴代誌下 第21章

 ヨシャパテには、7人の息子があり、みな大切に育てられてきた。しかし、長男のヨラムが王位を継ぐと、彼は自分の6人の兄弟をすべて殺害した。これにより、ヨシャパテが築いた信仰国家の体制は、もろくも一代にして崩れ去ってしまった。ヨラムは、イスラエルの王アハブの娘を妻としていたので、アハブが行ったように、イスラエルの王たちの道を歩み、主の目に悪とされることを行った。
 それにしても、あの敬虔なヨシャパテの長子が、なぜいとも簡単に、このような悪人に成り果ててしまったのだろうか。それは、たぶん信仰というものが、それを実践した者にしか良さが分からないものだからだろう。かつてヨラムは、神に忠実に従うヨシャパテに大いに疑問を持っていたのだろう。しかし神は、ヨシャパテのゆえに、ヨラムを含めてその家族全員を祝福された。そればかりでなく、神はユダ王国全体を外敵から守り、様々な面で祝福されたのであった。しかし、それを見ただけでそれに関わりを持たないヨラムには、その祝福の意味が分からなかった。だから、神に従う必要性も理解できなかったのである。一方ヨシャパテは、国政のことに精一杯で、息子に対する充分な教育を怠ったのであった。
 また、もう一面の要素としては、信仰そのもののポリシーというか、原則のようなものも原因として考えられる。それは、「信仰の理由はただ、神がおられること」というものだ。私たちは、富む為に信仰するのではない。また、祝福されること自体も目的ではない。敵から守られる為に信じるのでもない。ただ、神がおられるから信じるのである。本当に神を信じる人は、そのように考える。そして、ヨシャパテも真の信仰者として、息子たちにそのように教えたのであった。すなわち、「ただ神を信じなさい」と。これは、信仰者の宿命である。信仰者は、彼の子供たちに、どのように信仰を伝えて行けるのだろうか。それは、彼が子供たちとなるべく多くの時間を共に過ごし、主に従うこととその結果としての恵みや守りをできるだけ多く彼らに体験させる以外にないのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年6月10日 | トップページ | 2008年6月15日 »