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2008/05/02

しもべの権威

 主イエスの僕となった者に、主イエスはご自身を啓示される。死から復活した栄光の力あふれる御姿を啓示されるのである。その啓示は、恐ろしいものではなく、麗しいもの、愛そのものである。通常、私たちは、例えば「戦い」と言った場合、怒りと恐怖、征服と悲惨、その類のものを思い浮かべるかもしれない。しかし、旧約聖書は明らかに、戦いについてそのようなイメージを語ってはいない。そこで語られ、啓示されているものは、勝利、栄光、守り、約束、清さ、勇気、友情、そして、「愛」ですらあるのである。それは、旧約聖書において、戦いは「聖戦」であり、それはこの世のものならぬ天的なものだからである。すべてのものは、それがこの世的なものかそれとも天的なものなのかにより、当然だがその内容も大きく変わってくる。仕事でさえ、それを神から備えられたと信じるか否かにより、その祝福も変わってくるのである。まして戦いに至っては、天と地の差が出てくるのは当然である。それは、旧約聖書の中心的な主題だからである。
 そこで、僕となった者に啓示される主イエスの御姿も、この聖なる戦いに出て行かれる雄々しく、そして愛にあふれたキリストの御姿なのである。私たちは、この主イエスの御姿を自らの想像力で創り出すことはできない。それは、あらゆる面で私たちの思いを越えている。そして、私たちが「主イエス様、私をあなたの僕として下さい」と祈るとき、その雄々しい御姿が祈る者に正に啓示され始めるのである。
 それは、どのように啓示されるのか。それは、そよ風のようにあなたの心を吹き渡り、すがすがしくも新しい感動をもってあなたの心を満たすのである。その風は聖霊の風にして、神の愛の風なのである。それがあなたに啓示されたとき、もしかしたら、あなたはそれに気付かないかもしれない。それは、明らかに啓示されているのに、なぜあなたがそれに気付かないのか。それは、それがあまりにもやさしいからである。その風の強さは、あなたが主イエスの僕になっている度合いによるからである。しかし、あなたがますます主イエスの僕となるに従い、その風はいよいよ強さを増してくる。それは、ついにあなたに覆いかぶさるようになる。それは、文字通りあなたを僕とし、囚人とし、奴隷となす大いなる主権となる。しかし、主イエスがそのようにされるのは、あなたが彼にそのことの許可を与えた場合に限られる。主イエスは、紳士なるお方であり、あなたの許可なしにそのようなことをなされることはない。しかし、それがあなたの切なる願いになるやいなや、主イエスは、あなたをご自身の僕と認識される。そして、あなたにご自身を明らかに現されるのである。そのときから、主イエスの権威があなたに与えられる。あなたの手は主イエスの手となり、大いなる働きをなすようになる。主イエスがあなたと共に働かれるからである。

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