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2008/04/24

王国の分裂

歴代誌下 第10章

 歴代誌には、不思議なことにソロモンの背信については記されていない。しかし、シロのアヒヤを通してヤロブアムに告げられた主の言葉について書かれている。それは、イスラエル王国の分裂についてであり、それにより、もはやダビデの家には、1部族しか残されず、あとの11部族は、ネバトの子ヤロブアムに与えられるということである。そしてその理由がソロモンの背信なのであった。
 それにしてもソロモンは、その身に何という苦難を負っていたことだろう。彼は、イスラエルの王だったのだから。自らが王であるということは、何という苦難だろうか。彼を治める人はいない。しかも、神はソロモンにご自身の知恵を賜物としてお与えになった。ということは、神はイスラエル人の裁きを一切ソロモンに任せられたということなのである。そしてソロモン自身を裁く人はいないのであり、極端なことを言えば、神ご自身もソロモンを裁かれないのであり、それがイスラエルに王が与えられているということなのである。そして再びそのことが、イスラエル民族が預言者サムエルを通じて神に求めたことなのであった。
 かくしてソロモン自身を裁く者は、存在しなかった。そして、彼が老境に入ったとき、彼の妻たちが彼を異教の神に誘ったのであった。そして、ソロモンの妻とは、本来彼にとって神が与えられた「助け手」なのであり、聖書に「二人は一体となる」と書かれているように、彼が自分の分身のように重んじるべき対象なのであった。
 そのようにソロモンの背信は、乱暴なことを言えば、ある意味で必然的に起こった。それは、イスラエルの王たるソロモンにとって宿命的なことであった。神は、何度もソロモンに現れて彼の注意を喚起された。しかしソロモンはそれを聞き入れなかったし、それもまたある意味で宿命的なことだったのである。しかし、ソロモンは、老境に入る以前は、その王としての勤めを完璧にこなしていたのであり、それゆえ歴代誌には、彼の背信については記されなかったのだと思う。
 神は、ご自身の僕ダビデのゆえにソロモンを選び、彼にご自身の知恵を賜物として与えられた。しかし、ソロモンの背信ゆえに、彼の子レハブアムには、知恵の賜物を与えられなかった。しかし、知恵のない者に国をうまく治めることはできない。イスラエルの王というシステムがどうしてもそれを要求しているのである。確かにダビデには、ソロモンに与えられていたような知恵は与えられていなかった。しかし、イスラエル王国が繁栄を見たのは、ソロモンの治世になってからであり、そのようになったゆえに、それを治めるために特別な知恵も必要となったのであった。

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懐かしいデジタル時計

Watch 最近、ネットオークションで時計を買った。20年ほど前のデジタル時計であるが、そのシンプルなデザインが気に入り愛用している。思えば、初めて雑誌広告でデジタル時計を目にしたときは、とても衝撃的であった。そのときの売りは、当時非常に珍しかった液晶表示と、可動部品がないことであった。部品が動くことがなければ、狂うこともまたないように思え、ついに完璧な時計が出現したと思った。そんな未来感覚を反映してか、値段は、とても私などの手が届かないほど高価であった。
 しかし私が購入したこのデジタル時計、お世辞にも正確とは言えない。1日に30秒ほど進むようで、気が付くとすぐ 2,3分進んでしまっている。まあ、遅れるよりはいいが、これでデジタル時計と言えるのかは少し疑問である。でも最近では、あまり気にならなくなってきた。というのも、進む量が一定のようであり、それから推察して、いま大体どのくらい進んでいるのかを意識することができるので、運用にはあまり支障がないし、またそれゆえに、この時計の存在感も感じるようになってきたことによる。
 そこで、「正確」という事柄に対する私の観念も変わりつつある。それは、「正確に進む時計はやはり正確である」というものだ。この新しい観念により、私が愛用しているこの20年前のデジタル時計は、いまも非常に正確に時を刻んでいるということをここにご報告したいと思う。

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