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2008/03/04

出ずると入る

説教21:一なる神について

 私たちの神は、三位一体の神である。これは、父、子、聖霊という三つの位格(ペルソナ)を一人の神、すなわち「一なる神」として信じ愛さなければならないということである。
 この一なるものから、すべてのものが流れ出ている。子も聖霊も共に、この一なるものから流れ出ているのである。そして、創造も堕罪も、選びも救済も、神殿も礼拝も、預言も啓示も、みなこの大いなる流出の中にある。そして、この流れは、再びその流れ出てきたところへ帰ることをめざしているのである。
 私たちがこの大いなる流れの中にあることを意識するとき、私たちの生き方もまた自ずと明らかになってくる。それはすなわち、流れ出ながらもその源泉に留まり続けることであり、それは聖書に、「主は、あなたの出ずると入るとを守られる」とあるように、流れ出ることと再びそこへ帰ることを一つのことと認識することである。それにより、私は、この大いなる流れに身を置きながらも、それが得体の知れない虚無的な領域に流れ行くのではなく、自分の帰って行くべき魂の故郷に安らぎながら思いを馳せることができる。しかしまた一方で、この流れは、巨大な力をあらゆる方向に解放する。そこで、もし人が不用意に自分の思いで、この流れに身を任せるならば、彼の行く末は、暗黒の宇宙空間の果てともなり得るだろう。そこで神は、私たちに御子をお与えになった。すなわち、ご自身の一人子をイエスという一人の人として生まれさせ、私たちと共に、この流れの中に置かれたのである。そこで、私が御子イエスを心に受け入れ、彼にすべてを委ねるなら、私は、あらゆる災いから守られ、安全なのである。
 「一なる神」とエックハルトは言う。それは、魂にとっての源泉であり、また故郷でもある。それは、始めであり、終わりである。アルファであり、オメガである。つまり、すべてのすべてであり、私たちの魂にとって、そのすべてのすべてが、また、やすらぎであり、幸福であり、祝福と喜び、賛美なのである。

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