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2008/01/16

区間縮小法

解析概論(1.5)

 区間縮小法とは、二つの数列を両端として、無限に縮小して行く閉区間を想定すると、それは最後には、つまり無限の後には、実数上の1点となるという定理である。そのようにして、揺れながら、迷いながらも一つの到達点が、確かに確定できるというのである。そしてこの定理は、これまでこのテキストに説明されてきた他の3つの定理(「実数における切断の様相」、「有界な集合における上限、下限の存在」、「有界な単調数列が収束すること」)と同等のものであり、これら4つのうちの任意の1つから他の3つを導くことができるという。いずれにしても、今私は実数の神秘とその探求法について学んでいるのである。
 さて、実数とは何だろうか。それは、すでに述べたように、二つの自然数{つまり我と汝)の有限あるいは無限の演算(それは、世代という歴史的な概念も含む)つまり相互作用により生み出される結果である。そして、この区間縮小法とは、そのような無限の可能性が私たちの人生という有限な区間に投影されており、私たちがその自分に与えられた人生を神に従って一途に生きるなら、その生涯の中で、私は必ず一つの到達点、これこそ自分の人生の、つまり生まれてきた目的であると言えるものへ到達することができるということではないだろうか。

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世襲制

歴代誌上 第24章

 古代イスラエルにおいて、祭司職は世襲制であった。これは大きなことである。ダビデは軍の将には、強い者、名のある者、武勲を上げた者を採用したが、神を礼拝することを司る祭司は、世襲制により採用したのであった。
 アロンの子らのうち、長男と次男であるナダブとアビフは、神に異なる火を捧げたことにより、主に打たれて死んでしまった。しかし神は、その二人の息子の過失ゆえにアロンを捨てることをされず、彼の家を民を代表してご自身を礼拝する大いなる務めに永久に任命されたのである。
 このことは、私たちに現された主イエス・キリストの恵みを表している。私たちは、時として信仰の道に迷い、力がなく、主の務めを行うにふさわしくない状態であることがある。しかし神は、主イエス・キリストの購いの恵みのゆえに、私たちの犯す罪を赦し、ご自身のための聖なる務めにつかせていてくださるのである。そして日々、霊的な養いを与え、天国へ導き入れてくださる。私たちのためには、すでに天に住まいが用意されているのである。私たちのこの神の子としての身分は、まさに世襲制なのである。

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