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2008/01/11

数の概念

解析概論(1.1)

 数と言えば、我々はまず1から始まる自然数を思い浮かべる。しかし、数と呼ばれる概念には、この他にもあと3種類ある。まず、自然数に0とマイナスを加えた概念である整数、これは、キリストを境に旧約と新約が分かれているようなものだ。そして任意の2つの整数のわり算の答えとしての有利数。これにはさらに、小数つまり割り切れない数が加わってくる。つまり数とは、我々が慣れ親しんできた、1、2、3・・・という自然数同士の演算により発生してくるものすべてと言えるかもしれない。つまり、整数は二つの自然数の加、減、乗による答えであり、有利数は、商による答えである。この「二つの」という概念は、聖書信仰における根本的なものである。すなわちそれは、「我と汝」つまり「人と人」、「男と女」、「神と人」、「キリストと私」を表している。
 しかしここで、再び聖書に、「それで、死んだも同様の一人の人から空の星のように、また海辺の数えきれない砂のように、多くの子孫が生まれたのです。」(ヘブル11:12)と書かれてあることを思い出す必要がある。つまり、自然数の原則とでも呼ぶべきものかもしれないが、神が創られたこの世界においては、無限に大きな数も、1という数の繰り返しにより生成されてくるということである。つまり、2つの数からすべての数が作られるのであるが、その二つの数は、また1同士の演算から創造されるのである。そして、聖書に書いてあるように、「数え切れない砂のように多くの数」というものがある。さらに聖書に、「神は、永遠を思う心を人に与えられた。」(伝道の書3:11)とあるように、神は人の心に永遠すなわち「無限」という概念を与えられた。これが人を動物から区別するものであり、「愛」という概念に相当するものかも知れない。すなわち、神は「永遠の愛」で私たちを愛しておられるのである。
 そこで数の世界にも永遠すなわち無限は存在する。そして、集合論によれば、無限の大きさも千差万別であり、どのような無限よりもさらに大きな無限が存在する。有利数は、二つの整数の演算結果であり、それはまた上述のように、有限個数の整数の演算結果と同じものであり、それは無限の桁数を持つことがある。1/3等の循環小数である。しかし、ここに循環しない無限小数がある。これが無理数と呼ばれるもので、それは無限個の規則的な整数の演算に展開されるのである。

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数学を学び直す

はじめに

 私は、大学で数学を専攻した。中でも一番興味を持ったのは、集合論という分野であった。これには、あまり数式らしいものが出てこなかったことも一つの理由かもしれない。しかし卒業研究には、一番きらいだった解析学を選択した。一番にがてな分野をいやいやにでもマスターしておけば、他の分野もそれなりにできるようになると思ったのだが、現実はそれほど甘くなかった。
 そういうわけで、数学は私の心の中の棚にずっとしまいっぱなしになっていて、会社の仕事においても、高校の幾何学程度の知識しか活用せずに今まできてしまった。しかし最近になって、どうも神が何かを私に語っておられるように思えてきた。情報工学と信仰と、ここにもう一つ、純粋な理論分野としての数学を神が必要としておられるのかもしれないと思い当たったのである。そこで、例によってこのブログのテーマとして取り上げることにより、神がこの分野においても語って下さるのを期待したいと思った。
 差し当たって取り上げる分野としては、私が苦手だった解析学を選択してみた。これは何と言っても、私のかつての卒業研究の分野だから。教科書は、有名な「解析概論」である。
 しかし毎回、新しいブログのテーマを設定するときに、非常な緊張感を覚える。それは、設定しようとしているテーマを最後まで書き続けられるかが心配だからであり、ある程度の見通しがなくては始める自信も持てないのである。そして今回のテーマは、これまでの中でもかなり困難なものに思える。第一、数学を信仰的に取り扱うということが果たして可能かどうか皆目見当がつかない。しかし、これまでの事例から考えると、困難なテーマほど、最後には自分でも面白いと思えるものになった。そこで、とにかくやって見ようと思う。やり始めないことには、何事も始まらないのだから。

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