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2008/01/10

インターネット教会(その2)

情報宣教方法論(バーチャルチャーチ)

 インターネット教会の構成要素には、どのようなものが想定されるだろうか。まずコンテンツという観点からは、伝道的な性格を持つことを想定すると、聖書信仰への導入的なコンテンツが必要とされるだろう。それはまず、きれいで、誰が見ても興味をそそられるような品質でなければならない。そして、そのような体裁がそろった上でなければ、どんな言葉も読まれる確率は低くなると共に、へたをするとサイト全体のイメージも低下して、二度と見に来てもらえなくなってしまうかもしれない。トップページは、それほど大切なものである。それは、第一印象で、サイトがどのような性格のものであり、その背後にどんなコンテンツが掲載されているかを印象づけるようなものになっている必要がある。
 コンテンツの次には、構成要素としてのシステムであるが、ブログシステムで教会のホームページを実現することは、手軽で記事更新の便も良いということは確かにあるが、外部へのアプローチという本来の趣旨からは、少しずれており、機能的にも不足と言わざるを得ない。その点、最近のCMS(Conthnts Management System)は、機能においてもコストパフォーマンスにおいても、非常に優れているように見える。またこの他の構成要素としては、OSとCMSの間に、DMF(Document Management Facility)なる機構を想定する場合があるようであり、この流れには大きな柔軟性と可能性があるように思える。というのは、このように情報の生成、加工、保存、コミュニケーションのすべてに密接したドキュメント処理のプラットホームが存在することにより、サイトとしてのバーチャルチャーチと教会の組織的なドキュメント処理、例えば毎週のメッセージの準備や伝道集会やコンサート等のイベントの企画等とが一つの処理系として連結される可能性が確保される。すると、教会の日常的な営みにより生み出される種々の情報が半自動的に加工されて、サイトとしてのバーチャルチャーチから定期的に公開されるということも可能になると思うからである。

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全生活的な礼拝

歴代誌上 第23章

 歴代誌の上下二巻は、ダビデとソロモンのもとでの神殿建築と礼拝について書かれているという。そのような観点から、この章に書かれていることを見ると非常に興味深いものがある。
 老年になり、その子ソロモンを自分の後を継ぐ王としたダビデは、イスラエルの全高官、祭司、レビ人を自分のもとに呼び集めたが、その中心はレビ人であった。彼は、集められた三万八千人のレビ人の大半を主の神殿における務めを指揮する者に任じたが、残りを役人と裁判官、門衛、主を賛美する者とした。ダビデは、この最後の者たちのために、特別に楽器を作らせた。これはまさに、ダビデらしい主への愛の結実であるが、彼はその務めを礼拝の中心に持ってくることはしなかった。ダビデは、この神殿建築において、礼拝が大きく変革されるべきことを認識しながらも、あくまで伝統的な礼拝形式を重んじたのであった。
 また、レビ人の中から役人や裁判官に認じられる者が出たことは、政治や裁判も神聖なものであり、それを通しても神を礼拝することが目指されていることが伺える。そのように、ダビデにとって、生きる営みのすべて、政治、戦争、裁判、経済、社会活動、教育、芸術に至るすべてが、神を礼拝することだったのである。

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