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2007/12/06

神の油注ぎ

歴代誌上 第12章

 ダビデがまだサウル王を避けて逃げ回っていたとき、彼のもとに様々なところから少しづつ、しかし毎日のように、生粋の勇士たちが集まり始め、ついに神の陣営のような大きな陣営になって行った。それらの勇士たちは、正に一騎当千の器たちであり、多くの武勲を持つ強者たちであった。彼らはなぜダビデのもとに来たのか。それは、彼らはすでに勇士であったのだが、さらに気高い勇士となるために、全地においてさらに名を上げるためにダビデの元に来てひざまづいたのであった。ダビデは、それらの強者たちに取り巻かれ、彼らの頭であり続けた。ダビデの上にあった神からの油注ぎがそれを可能にしていたのであった。そして、実際にダビデと接したとき、彼らは、自分が求めていたことの真の意味を理解した。おおよそこの世界において、もっとも誉れあること、最高の栄誉は、天地万物を創られた万軍の主から与えられるのだということを。
 私たちも現代において、ダビデの上にあったこの神からの油注ぎを願い求める必要がある。この油注ぎは、それを受ける者を神の勇士とし、勇士の中の勇士とし、人々の心を捉え、困難に打ち勝たせ、不可能を可能にし、迷いを消し、敵と見方を見分け、神の御心を教え、従順の内に使命を達成させるからである。
 サウル王がペリシテ軍との戦いに破れて戦死した後、ダビデは民から招かれてヘブロンへ行ったが、そこに全イスラエルから何千、何万、何十万という兵士たちが集まってきた。彼らは、全き心をもってヘブロンに集まり、ダビデを全イスラエルの王とした。彼らはそこで三日間ダビデと共に、兄弟たちの整えてくれたものを食べたり飲んだりしながら過ごし、そのようにしてイスラエルに大きな喜びがわき起こった。
 今日、世の人々は、何を求めているのか。彼らもまた、一人の王を求めているのだ。自分に栄誉を与え、一人の人間として有らん限りの可能性を花開かせてくれる指導者を。もし私たちに、あのダビデに与えられたのと同じ聖霊が与えられるなら、そのことが実際に可能となる。そして彼らも知るだろう。この世界において、もっとも勇気あることは、御子イエス・キリストの僕となることであり、もっとも誉れあることは、万軍の主イエス・キリストへの従順と献身であるということを。

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