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2007/10/31

パーサ

 パーサとは、コンピュータプログラムやウェブページのような意味を持った文章の構造を把握するソフトウェアモジュールのことである。たとえば

<table border=”1” cellpadding=”5”> <tr><th width=”70”>種族</th><th width=”70”>類</th><th width=”70” align=”center”>足の数</th></tr><tr><td>いぬ</td><td>哺乳類</td><td align=”center”>4</td></tr><tr><td>くも</td><td>昆虫</td><td align=”center”>8</td></tr><tr><td>すずめ</td><td>鳥類</td><td align=”center”>2</td></tr></table>

のような、一見めちゃめちゃな文字列がHTMLパーサを通過すると、

種族足の数
いぬ哺乳類
くも昆虫
すずめ鳥類

というように整った形で表示されることになる。これは、私にはなんとも感動的なことだ。というのも、上のようなごたごたしたHTMLの文字列を手で打ち込んでいたときは、うんざりしていたのだが、これがたとえばPHPのようなプログラミング言語の処理ループから、様々な処理の過程に際して、少しづつだらだらと排出して行けばよいということを理解したとき、これはすごいと思った。つまり、処理の流れとその表現の過程が分離されたのである。
 これはまるで、創世記の天地創造を見るようだ。神様は、永遠の昔からこの世界創造の構想を持っておられた。それは、外から見ると高すぎて理解できない混沌のようなものである。ところが、神が「光あれ!」と言われると、その混沌に秩序が生じ、私たちの目に麗しい、木々や星々のようなものがたくさん輩出されてきた。また、神のことばは、それが私たちの心に与えられた当初は、まだぼんやりしたものだが、私たちがその成就を期待しながら歩むときに、それが明確なできごととして生起して来ることになる。
 これらのことは、実は正に天的なことなのであり、天はかくこの世界に焦点を結ぶのである。しかし人は、物事を最初から決めて掛かろうとする。しかし何によってか、それは自分の考えや好み、欲望等なのである。もし人が、それらの時間的な呪縛や策略から自由になり、すべてを神にゆだね、神のみこころのみが行われることを真に求めるなら、そのときあなたは、この地上で神のみこころを行うパーサとなり、あなたの手を通して正に神が働かれ、みこころがこの地に精妙に実現するのを見るだろう。
 そして、私が情報技術者として主張したいことは、このような天的なことがらが、すでに情報技術の体系の中に具現化してきているということであり、その情報技術が実際に人々のこの世の生活に、見えないところから強力に影響を及ぼし始めているということなのである。いまや情報技術の世界は、重要な霊的な戦いの場なのである。

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