キリストの苦難
ヨブ記 第30章
神に特別に恵みを注がれていた自分自身について誇り高く語ったヨブは、次にそれと対象的な現在の境遇を嘆く。しかしそれはまったく、何と言う悲惨だろうか。この二つの境遇の間は、さながら天と地ほどの差があり、冷静に語っただけでもその大いなるギャップに驚きを禁じえない。かつてこれほどの境遇の奈落に陥った者があっただろうか。サウルの前を逃れて森を逃げ惑うダビデもこれほどの転落を経験しなかっただろう。また、大いなる王の座から気が触れて森の中に露に濡れるままに牛のように草を食らいながら七つの時を過ごしたネブカデネザル王でもこれほどではなかったのではなかろうか。
彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っていた。彼はわたしたちに顔を隠し、わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。・・・・・・
おお、それはまさに、天の栄光の御座から罪の世に下られた、キリストの経験された苦しみに匹敵するものではなかったのか。ヨブの苦しみ、その謂れの無い苦しみは、まさにキリストの苦難の予表ではなかったのだろうか。
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