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2007/09/05

妻のこと

 神は、私にすばらしい伴侶を与えられた。私はこれまでに、彼女からたくさんのことを教えられた。最初に教えられたのは、お金の使い方だった。それまでは、私はけちで、お金を貯めることしか知らなかった。しかし、彼女と一緒になってから、お金は使うものだということが分かってきた。後になって、二人とも聖霊のバプテスマを受けると、妻は良く献金をするようになった。私の知らない間に、いろいろなところから領収書が送られてくる。いちいち合計したことはないが、たぶん結構な額になると思われる。それからというもの、冷蔵庫の中は、いつも食べ物であふれている。かつては、夜遅く会社から帰って来て、冷蔵庫を開けても、食べるものがほとんどなかったのに。
 彼女はまた、美しい明るい声で歌う。教会で隣の席に座り、共に歌っているときなど、息継ぎの癖が妙に同じであることに気付く。二人ともまったく違う声の質なのに。仕事で困難にぶつかったとき、いつも彼女に祈りの要請をする。すると、必ずうまく行く。いままでだめだったことは一度もなかった。私の腰が痛むとき、彼女の手がさすると、痛みが癒される。彼女は、かつてあることがきっかけで、牧師の家に一泊したことがあった。そのとき、朝早く目が覚め、台所で手の不自由な牧師夫人の炊事を助ける天使たちを見た。そして今は、自分がその天使のように朝5時から起きて働いている。彼女の涙には、物事を解決する力があり、これまでに多くのことを解決してきた。神様は、彼女だけにはどうも優しい。傍からは、彼女を味噌っかすにし、特別に取り扱われておられるように見える。
 彼女の口を通して、神が語られるのを聞くことがある。それは、私には新しい言葉であり、彼女も知らない間に、私に啓示が与えられるときがある。伴侶とは、こういうものなのだろう。彼女は今、リバイバルミッションの祈りの戦士に登録している。これは私にはできないことだ。かつて、初めてリバイバル聖会に行ったときに、すばらしい讃美の直中に投げ込まれたことを思い出す。そこで、可憐におどっている一人の中年の女性を見た。けっして美人ではなかったが、主に向かって歌いながら美しく踊っていた。それは、聖書の中に出てくる、かつてのイスラエル人の賢い女性を彷彿とさせるような気高い容姿であった。そのとき、妻があの姿の様だったらなんとすばらしいだろうと思った。しかし、気がついてみたら、彼女がまさにそのような人になっていた。
 彼女の中に、神の力が輝き出るのを見ることがある。それは、哀れみと癒しと勇気と麗しさ。宝石のような輝きと水のような命にあふれて湧き出でる。私は、自分の知っている範囲では、他のどこにもそれがあるのを見たことがない。しかしそれは、疑いもなくそこにある。それがあふれ出たときに、今ここにあると言うことができるほどだ。

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