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2007/09/21

巨大な祝福

イザヤ書 第4章

 イザヤは、堕落の中にあるイスラエルへの叱責の後に、今度はエルサレムの将来の栄光について語る。それは、遠い遥か彼方にあるものであり、歴史がそこに到達するまでには、ちょうど民数記に書かれているような、永い荒野の旅が必要となる。それはあたかも、人々をふるいに掛けるかのように、旅路の前に立ちふさがり、彼らの行く手を阻もうとする。この試練の前に、かつて多くの人々が倒れた。そして、彼ら倒れた者たちにとって、この荒野の旅は、罠であり墓場であった。しかし、倒れずに歩き続けたもの、神に雄々しく従い続けた者は、そこへ到達し、その地の祝福に与った。
 しかし再び、約束の地に住みついた彼らが、その場所に住み続けるためには、常に信仰に留まり続ける必要があった。荒野の旅は終わっても、かれらの信仰の旅路は、この地上においては終わることがないのであり、それは、現代を生きる私たちにとっても同じなのである。
 いったいなぜ、私たちにこのような試練が用意されているのだろうか。それはたぶん、その日に私たちが受けることになっている祝福が、あまりにも大きいことによるのだろう。それがあまりにも大きいゆえに、もはやそれは、投げるようにしては、与えられることができない。それを受ける者は、聖なる者とされていなければならないのである。この聖なる者の栄光は、主の若枝なるイエス・キリストであり、誇りは彼らの信仰の実としての潔い行いである。
 神は、彼らの信仰を守り導くために、昼のためには雲、夜のためには煙と燃えて輝く火を造って会衆を覆われる。それはそのすべてを覆う栄光に満ちた天蓋となる。彼らはすべて、エルサレムで命を得る者として書き記されている。主は必ず、裁きの霊と焼き尽くす霊をもってシオンの娘たちの汚れを洗い、エルサレムの血をその中からすすぎ清めてくださるのだ。

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