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2007/09/18

堕落と救済

イザヤ書 第1章

 アモツの子イザヤは、ユダの王、ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの治世に、ユダとエルサレムに向けて神からのメッセージを語った。それは、実に宇宙的な内容を持つ、未来へ向けたメッセージであり、また神とイザヤとの対話でもあった。
 この第一章において、神がまず自ら語り始められる。この罪の蔓延した時代に神が語られるとき、それは裁き以外ではあり得ない。神は、ご自身が造られたこの世界の堕落を嘆いておられる。「天よ聞け、地よ耳を傾けよ。主が語られる。わたしは子らを育てて大きくした。しかし、彼らはわたしに背いた」。6日間で天地を創造し、そのすべてをごらんになられたとき、それらは極めて良かったのに、今彼らは、まるでソドムとゴモラのようになってしまった。それは、彼らが神に反逆した結果であり、もはや彼らには滅びる以外に道は残されていないように見える。しかし神は、そこにノアの日のように生存者を残された。そして、その生存者に向かってイザヤを通して語り掛けられる。「ソドムの支配者らよ、主の言葉を聞け。ゴモラの民よ、わたしたちの神の教えに耳を傾けよ」と。
 いったいこの期に及んで、何の望みが残されているのか。神は彼らを叱責される、「お前たちのささげる多くのいけにえがわたしにとって何になろうか。雄羊や肥えた獣の脂肪の献げ物にわたしは飽いた。・・・・むなしい献げ物を再び持って来るな。」もはや、神に背き、罪にまみれてしまった者たちが、神に対して償いをしようとしてもそれは無駄である。罪が人と神の間を完全に隔ててしまっているからである。
 しかし神は再び、ここで信じられない言葉を語り出される。「論じ合おうではないか。」いったい誰が神と論じ合うことができようか。それゆえ神は、イザヤという新しい器を起こされ、火でその唇を聖め、彼に自ら言葉を授け、ご自身と論じ合わせようとされた。神がこの世に裁きの言葉を語られるとき、それに対してイザヤは希望のメッセージを語る。ちょうどノアの日に創造された空の虹のように。「お前たちの罪が緋のようでも、雪のように白くなることができる」。それは、まさに虹、ほとんどあり得ない内容である。今は。そう今はそれはあり得ない。しかし遙か未来においてなら、それは実現する。それが神のご計画、天に張り広げられた、宇宙大の救済計画なのだ。

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