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2007/09/06

恵みと離反

列王記下 第20章

 神は、ヒゼキヤとエルサレムの住民を、アッシリアの王センナケリブ及びあらゆる敵の手から救い、周囲の者たちから彼らを守って安らぎを与えられた。多くの人々が主に捧げる供え物と、ユダの王ヒゼキヤにささげる貴重な品々を携えてエルサレムに来た。そのように、ヒゼキヤ王はあらゆる国の民から仰ぎ見られるようになり、彼の心は、かつてのソロモン王のように、いつしかイスラエルの神から離れて行った。
 そのころ、ヒゼキヤは死の病にかかった。すると預言者イザヤが訪ねて来て、彼の死が近いことを知らせた。ヒゼキヤは顔を壁に向けて、主にこう祈った、「ああ主よ、わたしがまことを尽くし、ひたむきな心をもって御前を歩み、御目にかなう善いことを行ってきたことを思い出してください」。こう言って、ヒゼキヤは涙を流して大いに泣いた。すると神は、災いを思い返され、預言者イザヤにより、ヒゼキヤを回復させられた。神は、彼が回復することのしるしを与えられ、ヒゼキヤの望み通りに、アハズの日時計に落ちた影を十度後戻りさせられた。しかしヒゼキヤは、このことによっても遜って、自分の神に立ち帰ることがなかった。
 太陽が逆戻りした奇跡は、遠くバビロンにまで伝わったのだろう。その地の諸候が、この奇跡について調べさせるために使節を遣わしてきた。彼らはヒゼキヤに会いに来て、彼の病の回復に関する祝辞を述べた。ヒゼキヤは、彼らを歓迎し、ユダ王国の繁栄のすべてを誇らしげに彼らに見せた。神はヒゼキヤに、イスラエルが真の神に立ち返るための最後の望みを託しておられたのだろう。しかし彼は、神の与えられた大いなる祝福のゆえに返って高慢になり、かつての神への従順を忘れてしまったのだった。
 預言者イザヤはヒゼキヤ王のところに来て、主の言葉を告げた。「王宮にあるもの、あなたの先祖が今日まで蓄えてきたものが、ことごとくバビロンに運び去られ、何も残らなくなる日が来る」と。
 神は、かつてソロモンに大いなる知恵と祝福と栄華を与えられた。しかし、ソロモンはそのことにより高慢になり、神から離れてしまった。そして今、イスラエルとユダに真の信仰を回復させたヒゼキヤまでが、神の祝福により、返って高慢になり、恵みから落ちてしまった。ああ、なんということだろう。神は、ご自身に忠実に従う者に祝福を与え、繁栄を約束される。しかし、その繁栄が、返って彼らを自分の神から離れさせることになるとは。それは、モーセを通じて与えられた神の律法が、返って罪の力となったことと同じであり、出エジプトの後にかつての奴隷生活に返ろうとするイスラエル民族の性格の具現化であった。この聖と汚れの間の往復は、永遠に続くのだろうか。否、否、神は、ご計画を持っておられた。それは遠い日の後、彼らに神の霊を与え、その心に律法を書き込まれる日に実現することになるのだ。

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神の介入

列王記下 第19章

 ユダの宮廷長エルヤキム、書記官シェブナ、補佐官ヨアは、衣を裂き、ヒゼキヤの元に来て、アッシリア王の家臣ラブ・シャケの言葉を伝えた。ヒゼキヤ王はこれを聞くと衣を裂き、粗布を身にまとって主の神殿に行った。また、3人を預言者イザヤのもとに遣わして言わせた、「今日は苦しみと、懲らしめと、辱めの日、胎児は産道に達したが、これを生み出す力がない」と。
 ヒゼキヤは、知っていた。今、彼が置かれている状況の意味を。彼らが冒涜しているのは、ヒゼキヤ自身でもイスラエルの民でもなく、まぎれもなく、全能の神に対してであるということを。アッシリアは、確かに強国であり、今のユダ王国には、彼らに対して勝ち目はない。しかし今、アッシリアは全能の神を罵倒し、この神に対して挑戦しているのである。こうなったからには、アッシリアに神の裁きが下るのは必至なのであり、ヒゼキヤが知っているイスラエルの歴史の全てがそれを証明しているのである。ああしかし、その裁きはどのようにしてもたらされるのか。これまでは、神の民イスラエルがその裁きの施行に用いられた。しかし今、彼らは神に背を向け、その結果神との距離は離れてしまった。神は、そのようなイスラエルを用いることがおできにならない。そこでヒゼキヤは、「胎児は産道に達したが、これを生み出す力がない」と言ったのである。
 そのころアッシリアの王は、ラキシュからリブナへ攻撃の矛先を転じてきていたが、クシュの王が戦いを交えようと軍を進めているとの知らせを受けた。彼は、ユダの地でしばらく戦っていたこともあり、早くことを始末したいと思ったのだろう。ヒゼキヤに向けて再度の脅迫状を送ってきた。それにもイスラエルの神を侮辱する言葉が連ねてあった。
 ヒゼキヤは、この手紙を使者の手から受け取って読むと、主の神殿に上って行き、主の前にそれを広げて祈った、「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、主よ。耳を傾けてください。目を開いてご覧下さい。生ける神をののしるために人を遣わしてきたセンナケリブの言葉を聞いてください」。すると、預言者イザヤがヒゼキヤに人を遣わして主の言葉を伝えた、「アッシリアの王センナケリブのことであなたがわたしにささげた祈りをわたしは聞いた」。
 その夜、主の御使いが現れ、アッシリアの陣営で十八万五千人を撃ち殺した。アッシリアの王センナケリブは、そこをたって帰っていき、ニネベで自分の神ニクロスの神殿で礼拝しているときに、家臣が彼を殺した。

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