« 2007年8月31日 | トップページ | 2007年9月3日 »

2007/09/01

ヤロブアムの罪の果て

列王記下 第14章

 7歳でユダの王位についたヨアシュは、その後40年間王位にあったが、家臣たちの謀反によって殺されてしまった。後を継いだのは、ヨアシュの子アマツヤであった。彼がどのように家臣たちの手を逃れて王位についたかについては定かではないが、彼は国を掌握すると、父を殺した家臣たちに復讐し、彼らを殺した。アマツヤは敬虔な人であったようで、神の目にかなうことを行ったと記されている。しかし、それは彼の律義さ、つまり自分の心の趣くままを行ったのであり、彼の関心がそこにあったゆえである。やがて彼は、戦力を結集してエドム人を攻め、征服すると、その国の偶像の神を国内に持ち込み、自ら崇拝した。彼にとって、神はどこの神でも同じであり、目当たらし異境の神により、新しい統治国家を築こうと思ったのだろう。
 それにしても、ユダの信仰は、落ちるところまで落ちてしまったと言えるだろう。真の神と偶像の神との区別がつかないとは。彼らには、すでに神を畏れる心は微塵もなく、自分の考えから、神を取り替えようとさえ考えたのだった。これがヤロブアムの罪の恐ろしいところであり、人がその創造主である神の上に立ってしまった場合に、それは自覚症状を喪失し、霊的な感覚も麻痺し、その結末は、果てしない狂信とさえなり得るのだ。
 一方イスラエル王国では、アマツヤの治世第十五年に、イエフの3代目の子孫、ヤロブアム二世が即位した。彼は、先代のヤロブアムの思いを受け継ぎ、あらゆる偶像崇拝を行った。神は、真の信仰から離れたユダが敵の手に落ち、虐げられるのをご覧になり、彼らをヤロブアム二世によって救い出された。実に神は、ユダを敵の手から救い出すという努めにふさわしい者をだれ一人見い出されなかったゆえに、ユダの罪の頭とも言えるヤロブアム二世を用いられたのであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年8月31日 | トップページ | 2007年9月3日 »