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2007/08/28

虚無

列王記下 第10章

 イエフはイスラエルに、エリヤの預言を成就させるために神が特別に油を注がれた者であり、彼はアハブの家の者をこととく殺害し、一人も残さなかった。彼は、勢い余って、ユダの王アハズヤとその身内のものまで殺害した。これは、神の計らいであったらしいのだが、それは、また一方でエリヤの預言を逸脱していた。彼はまた、イスラエル中にいたバアルに仕える者を集めて、彼らをイスラエルから一掃した。しかし彼自らは、心を尽くしてイスラエルの神、主の律法に従って歩もうと努めず、イスラエルに罪を犯させたヤロブアムの罪を離れなかった。
 彼は何という裁きの器であったことだろう。彼の狂ったような戦車の走らせ方は、遠くからもすぐ彼と分かるほどであった。彼は、何かに取り付かれたように裁きを行った。それは、彼が主を愛するゆえの熱心さというより、やはり、彼の持っていた熱狂的な性格に由来したのだろう。彼が、隣人レカブの子ヨナダブの手をとって自分の戦車に乗せたときも、それは、彼の主への熱心さを見せるためであり、ヨナダブの考えを聞くこともなく、二人が神への同じ情熱を持っているということでもなかった。それがダビデとヨナタンの友情とは大きく異なっていたことである。
 それにしても、ソロモン後の王国の分裂からというもの、どうして、こう果てしない空しさのようなものが支配しているのだろう。そこにあるのは、罪、孤独、裁き、災害、悲惨である。そこにいるのは、かつてのような勇士ではなく、成り上がり者による狂信的な裁きである。これは、さながら士師の時代のようだ。ああ神よ、かつての麗しい王や勇士たちはどこに行ってしまったのでしょうか。あなたは、イスラエルがこのようになってしまったことを、きっと悲しんでおられるに違いない。どうか、あなたの主権の麗しさを、もう一度イスラエルに、ユダに、取り戻してください。

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