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2007/08/24

実験台

ヨブ記 第16章

 彼の友たちの励ましの言葉を聞いてきたヨブは、「そんなことを聞くのは、もうたくさんだ」と言った。それらは口先の励ましだと彼は言う。というのは、彼らが語ってもヨブの苦しみはやまないばかりか、ヨブの落胆は、返って大きくなったからである。それは彼らが、真にヨブのことを思わず、ヨブの立場に立たず、自分がこうあるべきだとの考えに従ってヨブに行ったからであった。つまり、ヨブは、彼らの実験台のようなものとも言えるだろう。
 私たちは、今日でも、自分の友を実験台にしてしまう危険性を持っている。聖書の言葉の実験台にである。そのようなヤブ医者クリスチャンに、不幸にも治療される人たちは、悲劇ではないだろうか。彼らの手には、医療メス以上に切れ味のするどい、御言葉の剣が握られているのだから。
 そのような中、ヨブの望みは、やはり神以外にない。元々、人間の望みは、神以外にないのである。ヨブが神に求めていることは、彼の側に立って、彼に味方したり、彼に融通を立ててくれたりすることではない。ヨブが神に求めているのは、裁きなのである。神の裁き、それはすべてを解決する。それがどのように下ろうとも。ヨブにとって、裁きの内容が問題ではない。神の裁きは、常に正しく麗しい。それは、友の語る千の励ましよりも望ましいものなのである。

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