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2007/08/18

預言の裏返し

列王記下 第7章

 イスラエルの王がエリシャを殺すために遣わした使者は、彼のもとに来て、「この不幸は主によって引き起こされた。もはや主に何が期待できるのか」と王の言葉を伝えた。もはやイスラエルは、エリシャの預言によっては神に望みを置くことができなくなっていた。それは、エリシャ自身の勢でもあるのだが、また同時にイスラエルの罪の結果でもある。彼らが偶像の神々を拝み、異教の教えに聞き従ったから、神もまた彼らを苦しみ迷うに任せられたのである。
 彼の元へ来た使者にエリシャは言った、「主の言葉を聞きなさい。主はこう言われる。明日の今ごろ、サマリアの城門で上等の小麦粉1セアが1シュケル、大麦2セアが1シュケルで売られる。王の介添えをしていた侍従は答えて言った。「主が天に窓を造られたとしても、そんなことはなかろう」するとエリシャは言った。「あなたは自分の目でそれを見る。だが、それを食べることはない」。神は、どうしてエリシャのような気の短い預言者をイスラエルに使わされたのだろうか。それは、彼らが神の言葉に聞き従わないためである。それでは、他の預言者だったら聞き従ったのか。そうではなかっただろう。彼らは、どのような預言者が遣わされても聞き従わなかったに違いない。それゆえ神は、彼らのへの裁きが重くならないように配慮されているように思える。イエス・キリストもユダヤ人が聞き従わないので、譬えを持って語られたのだから。
 果たして神は、その日、戦車の音や軍馬の音や大軍の音をアラムの陣営に響き渡らせられたため、彼らは夕暮れに立って逃げ去り、後に残された財産はイスラエルのものとなった。そして、エリシャの言葉の通り、「 サマリアの城門で上等の小麦粉1セアが1シュケル、大麦2セアが1シュケルで売られる」ことになった。それを信じなかった侍従は、門で民に踏み倒されて死んだ。
 もしエリシャが、あのような残酷な預言をしなければ侍従は死ぬことはなかっただろう。しかしエリシャがそのように預言したので、彼は死ぬことになった。預言は、不思議なものだが、それは裏返しにしても真理なのである。つまり、あの侍従が神の言葉を信じず、その結果、城門のところで死ぬことになっていたから、エリシャはそのように預言したのであり、イスラエルが神に聞き従わないことが分かっていたから、神はエリシャのような預言者を遣わしたのである。

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