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2007/08/08

油注ぎの継承

列王記下 第2章

 いよいよエリヤが地上を去るときが来た。後継者エリシャは、そのことを知らされていたが、彼はまだエリヤから何も引き継いでいなかった。そして、エリヤ自身も彼に何も授けようとしなかった。それは、そのことについて、神がエリヤに何も語られなかったからである。どのような人でも、霊的なことに直面するとき、当惑せざるを得ない。というのも霊的なことは、人間的な思いや考えでは、理解できないからである。この日に、エリヤの上に留まっていたイスラエルの預言者としての油注ぎは、彼からエリシャに継承されることになるのだが、それがどのように行われるかについては、二人とも知らなかったのである。
 エリヤはエリシャに言った、「主は私をベテルにまでお遣わしになるが、あなたはここにとどまっていなさい」神は彼にエリシャのことについてまだ指示しておられなかったのだろう。そして神はまた、エリシャにも何も語られなかった。しかしエリシャは、ベテル(神の家)という名前を聞いて、思わず師に言った、「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしはあなたを離れません」。これはエリシャ自身の判断であり、神がエリシャにそのように指示されたのではなかった。しかし、もしこのときエリシャが師について行かなかったなら、エリシャは師から油注ぎを継承することはなかっただろう。
 霊的な人は、何も自分で判断せず、すべてを神に任せ、徹底して指示に従う。エリシャもその師エリヤの元で、そのような訓練を十分に積んだであろうし、エリヤが神の命によりエリシャを弟子に召したのは、そのためだったのだ。しかし、いまこの土壇場の大切なときにあって、彼がエリヤから学んだことは、何ひとつ役に立たなかった。エリシャは、いま新しい、見たこともない霊の広野に直面し、圧倒されていた。するとベテルから来た預言者の仲間が彼に言った、「主が今日、あなたの主人をあなたから取り去られることをご存知ですか」。エリシャは言った、「知っています、黙っていてください」。このときすでにエリシャの側において、油注ぎの継承プロセスは始まっており、この継承においては、霊的には、終始エリシャが主導権をとることになる。というのは、この継承においては、エリヤの持っている2倍の油注ぎがエリシャに継承されることになるのだから。
 エリヤは、再びエリシャに言った、「主は私をエリコにまでお遣わしになるが、あなたはここにとどまっていなさい」。ベテルで何ごとも起こらなかったので、これはエリシャにとっては一つの試練であった。彼は、主の命令ではなく、自分の判断で師について来てしまったのだから。しかしエリコは、かつて神がヨシュアの前で奇跡を行われて、敵の堅固な城壁を打ち砕かれたところであった。エリシャは再び言った、「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしはあなたを離れません」。彼は、一度ならず二度までも自分の判断を行使した。もう後に戻ることは不可能である。もし彼の判断が誤っていれば、やがてすべての油注ぎが一瞬の内に消え去り、混沌とした現実の中に取り残された自分を彼は発見することになるだろう。
 エリコに着くと再び預言者の一団が彼に出会って言った、「主が今日、あなたの師をあなたから取り去られることをご存知ですか」。エリシャは言った、「知っています、黙っていてください」。するとエリヤがまた、「主は私をヨルダンにまでお遣わしになるが、あなたはここにとどまっていなさい」と言った。エリシャはもう一度言った、「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしはあなたを離れません」。
 彼ら二人は、ついにヨルダンの岸辺に立っていた。何かの予感がエリシャを襲った。エリヤは、自分の着ていた外套を丸めてヨルダンの水面を打った。すると水が左右に分かれ、彼らは水のない所を歩いて行った。渡り終えるとエリヤが言った、「わたしがあなたのもとから取り去られる前に、あなたのために何をしようか。何なりと願いなさい」。エリシャは、「あなたに与えられた霊の二倍をわたしに受け継がせてください」と言った。エリシャの願いはエリヤの認識を越えていた。しかしエリシャの霊は、このとき神に直接それを願って受け入れられたのだった。エリヤは言った、「あなたはむずかしい願いをする。わたしがあなたのもとから取り去られるのをあなたが見れば、願いはかなえられる。もし見なければ、願いはかなえられない」。そう言いながら二人が歩いて行くと、見よ、火の戦車が火の馬に引かれて現れ、二人の間を分けた。エリヤは嵐の中を天に上って行った。エリシャはこれを見て、「わが父よ、わが父よ、イスラエルの戦車よ、その騎兵よ」と叫んだが、もうエリヤを見なかった。エリシャは自分の衣を引き裂いた。すると、エリヤの着ていた外套が落ちてきたので、彼はそれを拾い、ヨルダンの岸辺に引き返して、「エリヤの神、主はどこにおられますか」と言って、水を打つと、水は左右に分かれ、彼はそこを渡って行った。エリコの預言者の仲間たちは、それを見て、「エリヤの霊がエリシャの上にとどまっている」と言った。

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再対決

列王記下 第1章

 アハブの死後、彼の子アハズヤが後を継いでイスラエルの王となったが、このアハズヤは、父アハブとその妻イゼベルを一緒にしたような人であり、主の目に悪とされることを思うままに行っていた。彼の家臣たちも堕落し切っており、かつてヨシャパトの船団が難破したときに、アハズヤが家臣たちの派遣を申し出たが、ヨシャパトがそれを望まなかったほどであった。預言者たちもアハブ王のとき以来力を失い、王に都合の良いことだけを語るようになり、王の単なる道具に過ぎなくなっていたのだろう。それはまるで、イスラエルには神がいないとも言えるような状態であった。
 あるときアハズヤは、サマリアで屋上の部屋の欄干から落ちて病気になった。これは、神の成されたことであり、神はこのことにより、堕落したイスラエルを裁こうとしておられたのであった。しかしアハズヤはすぐ、エクロンに向けて使者を送りだして、異教の神バアル・ゼブブに、自分が治るかどうか尋ねさせた。彼にとって自分の意のままになるような預言者の言うことなど、何の意味も持たなかったのである。すると、その使者たちに、毛衣を着て腰に革帯を締めた人が出会って言った、「主はこう言われる。あなたはエクロンの神バアル・ゼブブに尋ねようとして人を遣わすが、イスラエルには神がいないとでも言うのか。」これは、神からの宣戦布告であり、身の毛がよだつほど恐ろしい言葉であった。しかしアハズヤは、この言葉の意味を理解しなかった。彼にとって、預言者は奴隷に等しいものであった。アハズヤは、この言葉を告げた者がティシュベ人エリヤであることを悟り、自分に語られた裁きの預言を取り消させるために、50人をその隊長とともにエリヤの元へ遣わし、彼を引いて来させようとした。50人隊長は、山の頂に座っているエリヤを見つけて「神の人よ、王が、降りて来なさいと命じておられます」と言った。50人隊長も、事態の恐ろしさを理解していなかった。というのは、もはやそこは、エリヤがかつてカルメル山で400人のバアルの預言者と対決したときと同じ場面だったのであり、イスラエルの神と異教の神との対決の場だったのである。エリヤは彼に答えて言った、「わたしが神の人であれば、天から火が降って来て、あなたと50人の部下を焼き尽くすだろう。」すると天から火が降ってきて、隊長と50人の部下を焼き尽くした。アハズヤは、何が起こったのかわからずに、さらに50人を隊長と共に遣わしたが、彼らの上にも天から火が降ってきて、滅ぼされてしまった。さらに別の50人をその隊長と共に遣わしたが、その隊長は、エリヤの前にひざまずき、命を助けてくれるように懇願した。
 神がエリヤに「彼と共に降りて行け」と命じられたので、エリヤはアハズヤの元に行って彼に死を宣告し、彼は死んだ。

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