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2007/07/16

神の人

列王記上 第13章

 ヤロブアムが偶像崇拝を行っていたべテルに一人の老預言者が住んでいた。彼はヤロブアムの行いが正しくないことを知っていた。そして、神が彼を用いて、この悪政からイスラエルを救い、もう一度イスラエルが立ち直ることを待ち望んでいた。あるとき、彼の息子が来て、ユダからべテルに神の人がやって来て、預言を語り、しるしを行い、ヤロブアムの手をなえさせたあととりなしの祈りにより元通りにしたこと等を伝えた。彼は、神が自分ではない別の者、しかもユダに住んでいる預言者を用いられたことについて疑問を感じた。そして、ろばに鞍を置き、そのユダから来た預言者を探して、彼をだまし、自分の家に連れてきて食事をさせた。彼は、ユダから来た預言者が本物かどうか、神が本当に自分を用いずに彼を用いたのかどうか、どうしても知りたかったのだろう。ユダから来た預言者は、主から、この地で飲み食いしてはいけないと硬く命じられていた。彼がまだ食事をしているときに、老預言者に主の言葉が臨んで言った、「主はこういわれる。あなたは主の命令に逆らい、あなたの神、主が授けた戒めを守らず、引き返して来て、パンを食べるな、水を飲むなと命じられていた所でパンを食べ、水を飲んだので、あなたのなきがらは先祖の墓にはいれられない。」果たしてその預言者は、老預言者の言ったとおり、帰り道で獅子に襲われて命を落としてしまった。老預言者は、自分の語った預言が成就したことにより、彼の預言が本当だったことを悟った。そして、彼のなきがらを自分の町に持ち帰り、彼を弔い、葬った。そして自分の息子たちに言った、「わたしが死んだら、あの神の人を葬った墓にわたしを葬り、あの人の骨のそばにわたしの骨を納めてくれ。あの人が、主の言葉に従ってべテルにある祭壇とサマリアの町々にあるすべての聖なる高台の神殿に向かって呼びかけた言葉は、必ず成就するからだ。」
 彼の預言は、それから250年以上後になって、その語られた通り、ユダに生まれたヨシヤという王により実現することになった。しかしこの出来事の後も、ヤロブアムは悪の道を離れて立ち返ることがなかったので、主によってその家は、彼の息子の代で絶えてしまうことになった。

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偶像崇拝

列王記上 第12章

 かつてソロモンに反旗を翻し、命を狙われてエジプトに逃げていたヤロブアムは、ソロモンが死んだことを聞いたが、なおエジプトにとどまっていた。彼は、このときをずっと待っていたに違いない。そして、どのようにしたらこの機会を利用して、王位を自分のものにできるか策略を練っていたのだった。その策略とは、これまでのソロモンの圧制に対して、民全体を代表する立場で、王の後継者と交渉することであった。それによって彼は、レハブアムをソロモン王の後継者として立てると共に、彼自身は民の代表として立つことができる。この策略は効を奏し、ヤロブアムがレハブアムに向かって語った一言で、王レハブアム対イスラエルの代表ヤロブアムという構図ができ上がってしまった。これは、どこか、エバを欺いたサタンの言葉に似ているような気がする。それは一つのトリックであり、ある、手近で重要と思われるようなことに人の心を向けさせることにより、普段はあまり考えないようでいて本当は、それこそが重要であるようなことから人の心を易々と引き離し、自分の土俵に連れ込んで料理してしまおうとするものである。あのときもサタンは、「神がどのように言われたのか」という字面のことにエバの注意を向けさせ、神の命令の本質から目をそらせてしまった。このときのヤロブアムも、民に対して課す労役のことに気をそらされることにより、レハブアムの王位継承はないがしろにされてしまったのであった。
 レハブアムは、ヤロブアムに何と答えようかとイスラエルの長老たちに相談したが、彼らの助言には耳を傾けず、自分と共に育った若者たちの声に惑わされて民に厳しい言葉を返してしまい、その結果、イスラエルの10の部族が去って行き、レハブアムの属するユダ族に敵対して立つようになってしまった。しかしこれは実は、ソロモンの背信に対する神の裁きであり、アヒヤによって預言されたことの成就だったのである。
 私たちも日常で、このようなサタンの戦略に載ってしまうことがある。いや実は、この社会全体がこのサタンの策略に動かされているのである。そして、そのようにサタンに動かされる人の心は、またこの時代のイスラエルのように、反乱がいかなるときにも合法的であるような状態なのである。かのキルケゴールが深い嘆息を持って指摘しているように、くだらないことにただ機械のように自分を浪費させられながら、かの人生にとって重要なことだけは、決して思い起こさせられることがないという悲惨が日常的に存在するのである。
 レハブアムの前を去って行ったイスラエルは、共同体にヤロブアムを招いて彼に油を注いでイスラエル10部族の王とした。ヤロブアムは、由緒ある町シケムを築き直して王位についたが、その心には安らぎがなかった。レハベアムの治めるユダには、壮大なソロモンの神殿があり、そこに神の箱が安置されていたからであり、彼は、たとえ国が分かれても、イスラエル民族の信仰の対象は変わらないであろうことを知っていたのである。
 ヤロブアムは、思案したあげく、先祖ヤコブに神が現れた場所ペヌエルを名所として築き直し新生イスラエルのシンボルにしようとした。しかし、そのようなものでは、民の信仰の拠点にはならないことを悟った彼は、ついに神の箱に対抗する方法をイスラエルの歴史の中に発見し採用した。それは、かつて出エジプトのときに、砂漠でアロンが民を惑わせた方法であり、「民は、その前に座って飲み悔いし、立って戯れた」と言われている恐ろしい考え、すなわち偶像崇拝であった。そして、この方法を貫くために、さらに大きな罪を始めることになった。それは、一般の人から祭司を募集することであり、自らも祭司となって、この偶像崇拝を推進することであった。

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