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2007/07/09

広い心

列王記上 第5章

 神は、ソロモンに非常に豊かな知恵と洞察力と海辺の砂浜のような広い心をお授けになった。彼は、この神から与えられた賜物により、ユーフラテス川からペリシテ人の地方、更にエジプトとの国境に至るまで、すべての国を支配した。国々はソロモンの在世中、貢物を納めて彼に服従した。
 神の知恵は、平和を実現する。ソロモンは、強靭な軍隊を持っていたが、それを使ったことはなかった。諸国の王は、彼の知恵を恐れ、彼に攻撃を仕掛けることができなかったのである。そのように知恵は、武力に勝るのである。彼の知恵は、諸国の賢者の知恵に勝り、この世界に彼が説明できないものは、一つとしてなかった。それは、彼の知恵が、全世界の創造者から来ていたからである。しかし、この知恵は、知識なのではない。神が、ソロモンにレバノン杉から石垣に生えるヒソプに及ぶまでの広大な知識を与えられたのではなかったのだ。
 人は、知者になろうとして、学校へ通い、たくさんの本を読み、人と話し、事業を行い、経験を積み、自分なりの人生観を構築して行く。しかし、ソロモンが持っていたのは、そのようなことの積み重ねではなかった。そのような努力では、この世界のすべてを理解することはないだろう。しかし、ソロモンが持っていた知恵は、知識ではなく、ソロモンがそれを説明しようとしたときにその答えが与えられるようなものであった。それは、預言者と通じるところがある。しかし預言者は、ある限定した目的のために預言するのであり、彼には自分が語ることの意味が必ずしも分からないこともある。それに対してソロモンは、神から言葉と共に知識をも与えられ、それを自ら理解して、国を治めるために用いることができたのだった。だから、彼はこの世界のすべてにもっとも魅力を感じている者だったに違いない。彼が知恵を語るとき、それを聞く者がその前に驚嘆し、感動したのは、ソロモン自身が誰よりも、自分の中にある知恵がこの世界を解き明かすのを自分の心で聞き、それに感動していたからであった。彼は、誰よりも熱く、この世界の万障について語った。そしてそれは、自分に知恵を賜った神への讃美でもあったのである。
 かくして、ソロモンが与えられたのは、豊かな知恵と洞察力と広い心であり、その仕方は次のようであった。まず、彼の目がこの世界の物を見る。するとそれは、海辺のように広い彼の心の砂浜に落ちて来て、ドスンと砂にめり込む。そこへ天から光が射してきて、その物を照らし、その創造的意味としての明暗や陰影を形造る。するとその物は、自らの創造の目的や自分の使命について語り始めるのであり、ソロモンが聞くのは、この宇宙的な讃美なのである。そして、次に何が起こるのだろうか。それが、実は何も起こらないのだ。その物は、時間的には、今しがた彼の心に落ちてきたのであるが、神の前には、永遠の昔からそこにあったのであり、彼の心は、それが落ちてくるのを、永遠の昔から待っていたのであった。しかし時間の中にあるソロモンの心は、彼の心が永遠の昔からそれを待っていたことを、そのときまさに知らされるのである。このようにして、未来と現実は、ソロモンの中で一体となるのであった。

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