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2007/07/04

王位の継承

列王記上 第1章

 ダビデは、歳老いて1日の殆どを床について過ごしていたが、自分の後継ぎとしての王をなかなか公に示さなかった。彼は死ぬ間際まで、イスラエルの王としての自分の人生について悩み考えていたのだろう。しかし彼には、イスラエルを統一する力は与えられていても、それを統治する力は与えられていなかった。そして、彼の晩年までには、イスラエルの治安は乱れ、いつ反乱が起きてもおかしくないような状況になっていた。ダビデの軍司令官ヨアブは、そのような状況に危機感を持ち、打開策を模索していたであろう。彼は、これまで徹底してダビデを立てて服従していたが、ダビデが歳老いるに及んで、これ以上ダビデに望みをかけることに疑問を感じていたのだと思う。
 そのような状況下、ダビデの息子でハギトの子アドニヤが陰謀を企てた。彼は、戦車と馬と50人の護衛兵をそろえ、ヨアブと祭司アビアタルに話をもちかけ、彼らの支持を得た。ダビデは息子たちを甘やかせて育て、さしたる教育をして来なかったため、そのつけが回って来て、アブサロムに引き続き、アドニヤをも堕落させてしまったのだろう。
 この陰謀を知った預言者ナタンは、母バト・シェバと共にダビデに謁見した。彼らが、王が以前、神の前で約束したソロモンを公に王として宣言してくれるように願うと、ダビデは、その誓いをその日に実行し、ソロモンを自分に継ぐ、新しいイスラエルの王と宣言した。
 ダビデにより、ソロモンが正式な王となったことを知ったアドニヤは、自分の敗北を悟り、神殿に籠って命乞いをした。ソロモンは、彼を神殿から呼び寄せ、自分の家に帰らせた。

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神の怒り

サムエル記下 第24章

 かつてイスラエルに起こった3年間の飢饉は、サウルの家系にある7人の若者が悲惨にも犠牲になることによりなんとか収まった。しかし、その本当の原因、すなわち神がなぜ、過去のサウルの罪を思い出されたのかという真の原因究明は、成される由もなかった。そういう訳で、その後国は、ダビデの統治下で急速に乱れて行ったと思われる。ダビデは、戦いにおいてはイスラエルの指導者であったが、平和な世においては、成すことをしらないお人好しであったのだろう。そのようにして、イスラエル社会の罪は、神の前に積み上げられていき、いつしか天にまで達しそうになっていた。
 そしてついに神の怒りが再びイスラエルに対して燃え上がった。神は、「イスラエルとユダの人口を数えよ」とダビデを誘われたと記されているが、神は人を誘惑されるような方ではないので、ダビデを誘惑したのはサタンである。しかし、サタンも神の許しの中で動いているのであり、神はそれを止めることをされなかったということだろう。実際、イスラエルの王には、神からの油注ぎがあり、それがすべての悪の誘惑から王を守っているのだが、神の前にイスラエル社会の乱れが頂点に達していたことにより、神がダビデからご自身の油注ぎを取り去っておられたのだと思う。
 ダビデは、直属の軍の司令官ヨアブに、「ダンからベエル・シェバに及ぶイスラエルの全部族の間を巡って民の数を調べよ。民の数が知りたい」と命じた。ダビデは、イスラエルを実質的には、治めていないに等しかったので、自分の統治を実感できるものが欲しかったのか、あるいは、これから心機一転して国を立て直すために、政策立案のための基礎資料が必要だったのかもしれない。しかしそれは、神の国イスラエルを人の力で治めようとする試みであり、まさにサタンの誘惑の目指したところであったのだ。しかしダビデの心は、かつて神のみにより頼んでいたころの麗しい感触を覚えており、自分が指示したことの間違えをその感触で察したので、それはダビデの心に呵責となった。ダビデは神に言った。「わたしは重い罪を犯しました。主よ、どうか僕の悪をお見逃しください。」ダビデが朝起きると、神の言葉がダビデの預言者であり先見者であるガドに臨んでいた。
 ガドは、ダビデに神からの3つの罰を提示した。7年間の飢饉、3ヶ月の逃亡生活、そして3日間の疫病の流行であった。最初の2つはダビデがすでに経験したものであり、彼はそれはもう御免であった。そしてダビデは、3日間の疫病を選択した。以前の彼であったなら、多分3ヶ月の逃亡生活を選んでいたことだろう。しかし、それにはダビデは歳をとりすぎていたし、彼の目下の目標は、国を立て直すことであり、自分が逃亡するのは良くないように思われたのだろう。しかし、上でも述べたが、それはサタンの思う壺でもあったのである。ダビデが選択した罰は、7万人という多数の犠牲者を出す結果になった。そしてこれがダビデの統治の総決算だったのである。
 しかし、そういうことはあっても、ダビデは神に愛される人であり、永遠の名王であることには変わりはない。彼ほど一途な心で神に従い通した者はなく、彼ほど神の力と主権の麗しさを提示した王もいない。彼は、神から自分に与えられた範囲の賜物を余すところなく用いて、神の愛を生き抜いた。彼の生涯は、聖書に記録されて燦然と輝き、現代を生きる信仰者にも励ましと実践的な教訓を与えてくれる。ダビデこそ、主イエス・キリストの父と呼ばれるにふさわしい人なのである。

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