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2007/06/16

新しい関係

サムエル記下 第6章

 ダビデの魂は、主を求めて飢え渇いていた。当時、神の箱は、ペリシテから帰還した後、ずっとアビナハブの家に保管されていた。当時祭司の職務は、イスラエルで行われなくなっていたため、ダビデはどのようにして良いか分からず、自分に考えられる最高の方法で、神の箱を運び上げようと、全イスラエルからバアレ・ユダに精鋭3万人を集めた。そしてそこで、神の箱を牛車に載せ、軍隊に守らせながらダビデの町へ向けて出発した。これは、神の箱を返すのにペリシテ人が行ったのと同じ方法であった。しかし、そのような方法は、神の箱を運ぶのに適切な方法ではなかった。神はモーセに、箱を運ぶときは、特別に造られた二本の棒を箱の両脇の金の輪に通して担ぐようにと命じられていたからであった。
 果たして、一行がナコンの麦打ち場にさしかかったとき、事故が起こり、主の怒りに触れたウザが死ぬという不幸が起こってしまった。ダビデは、深く主を恐れ、もはや神の箱を運ぶ気力を失った。神の箱は、その後一時オベド・エドムの家に安置されていた。ダビデは、神の前にひざまづき、自分の行ったことを思い返して、祈り求めたであろう。神が自分との関係を回復してくださることを。それは、神を求める人に常なることであり、そのように神を求める者に、神はまた特別な方法でお答えになるのである。
 そのうちに、神の箱のゆえに、神がオベド・エドムの一家とその財産のすべてを祝福しておられるとダビデに告げる者があった。これは、ダビデと神との特別な会話であり、神からダビデへの明確な招きの知らせなのであった。ダビデは、直ちに出かけ、喜び祝って神の箱をオベド・エドムの家からダビデの町に運び上げた。彼は、祈りの中で示された通りに、神の箱に定められた金の棒を通し、ふさわしい者たちに担がせて出発した。主の箱を担ぐ者たちが六歩進んだとき、ダビデは肥えた雄牛をいけにえとしてささげた。彼は、今は3万の兵隊の代わりに、モーセが命じた捧げ物を主に捧げ、主の目に良しとされることを行った。神が喜ばれるのは、この世の権力によるもてなしではなく、悔いた心による心からの捧げ物なのである。それは実質的な浪費を伴い、それは取り返すことのできない浪費である。それこそが主に捧げるにふさわしいものなのである。
 主の御前でダビデは力のかぎり踊った。彼は麻のエフォドを着けていた。かつて主の御前で踊る祭司をだれが見たことがあっただろう。これこそ、神の求められたこと以上のこと。イスラエルの王としてのダビデにふさわしいことであった。神は、ダビデのこの捧げ物を受け入れられ、ダビデは神との新しいすばらしい関係を見出した。彼はまた、この歓びをすべてのイスラエル人と分かち合った。彼は、すべての人に、男にも女にも、輪形のパン、なつめやしの菓子、干しぶどうの菓子を一つずつ分け与えた。

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