開発を素手で
情報宣教方法論(開発環境)
インターネット上で動くシステムの開発は、最近非常に楽になってきている。月々300円程度払って外部のサーバを借りれば、パソコンは家庭用で十分だし、どこからでもそのサーバにつないで開発ができる。開発する場所を選ばなくなったので、喫茶店でコーヒーを飲みながらでも開発ができる。開発のためのソフトも必要ない。必要なものはみんなインターネットから無償で入手ができる。そんなわけで、先日は教会専用のSNS(ミクシーみたいなもの)をものの3時間で立ち上げてしまったほどだ。しかも費用は0円だった。
このような状況は、キリスト教会にとって、宣教の追い風と言えるのではないだろうか。ちなみに、私の教会のホームページも無償ソフトで動いているのだが、日曜の朝、礼拝前だけでも60回以上のアクセスがあるのだから。
このような状況ではあるが、これを仕事にしようとすると、まだ非常な困難に直面することが良くある。それは、知らないことが洪水のように押し寄せてくることだ。WindowsではないLINUXというOS、ApacheというWebサーバソフト、TCP/IPというネットワークの取り決め仕様、PHPという開発言語、XMLというデータ記述言語、こんな調子で、1時間くらいしゃべっていられるかもしれないほど、たくさんの知識が必要となる。私は、最近この分野に手を出し始めたので、ほとんど何も知らないに等しい。しかし、仕事では実際にシステムを開発しなければならない。システム開発していて、エラーが出ると、そのエラーをそのままGoogleに放り込んでみる。するとだれかが同じエラーで悩んでいて、自分のブログにその対処方法を書いていてくれたりする。これで約70%くらいは対処できる。ただし、その人のブログを読むとまた知らない言葉が山ほど出てきて、それらの言葉をやはりGoogleで調べることになる。このGoogleを管理しているのは、実はアメリカのGoogle社ではなく、神様なのだ。Googleは、神様が用いている道具に過ぎず、そこで検索されるブログの記事を書かせているのは、神様なのだ。私が困ったときにそれを探し当てることができるために。同じように、インターネット上に無数に見つかる無償ソフトも神様がだれかに作らせておられる。私は、「こんなのたぶん誰かが作っているに違いないですよね、神様。」と言って、またGoogleを検索する。すると、それが見つかる。そして、いつもピンチを切り抜けてきた。そのソフトは、先月まで検索しても見つからなかったのだ。でも、今月はそれが無いと本当に困るような状況だったから、それがそこに存在するようになっていた。神様は、本当にすばらしい。そして私に言われる。「情報技術は、誰か頭が良い人が築き上げてきたのではない。あれは、私がやってるんだ」って。本当に本当なんだから。
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