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2007/05/29

サムエル記上 第24章

 ダビデがエン・ゲディにいると聞き、サウルは3千人の兵を率いてその後を追った。サウルがダビデのいるところに近づいたと思われたとき、そこに洞窟があったので、用を足すためにそこへ入った。その洞窟の奥には、偶然ダビデとその兵たちがいたが、暗かったので、サウルはそれに気づかなかった。ダビデの家来は「主がサウルをあなたの手に渡されました」と言ったが、ダビデは「わたしの主君であり、主が油注がれた方に手をかけることを主は決して許されない」と言って、サウルの着物の裾を切り取っただけで、サウルに手を掛けることはしなかった。
 主に従う者にとって、この世の敵は実は本来の敵なのではない。本当の敵は、主に服従しない自分自身の心なのだ。ダビデは、自分を殺そうとするサウルの手から逃げていたが、彼への憎しみに支配されることはなかった。ダビデのただ一つの関心は、その時々に、神に服従することにあった。それはある意味で、脈絡のない対応に見えるかもしれない。しかし、自分はこうするべきと思っても、神の御心をいつも捜し求めていて、それが示されたときには、自分の考えをいとも易々と捨てる勇気を持つ人こそが真に神に従う人である。その従順は、どこまでのものなのか。ダビデの場合、それは彼の全人格に及ぶものであり、実に死に至るまでの従順であった。彼は、自分の命をねらっている者がすぐ目の前に来ても、手を掛けなかったのだから。
 ダビデが自分に手を掛けなかったことをサウルが知ったとき、サウルの心を驚嘆が支配した。それは、人には考え着かないことであり、この世界の論理では理解できないことであった。しかしサウルは言った「今わたしは悟った。お前は必ず王となり、イスラエル王国はお前の手によって確立される」と。サウルは、王であったから、イスラエルを治めるために本当は何が必要なのかを知っていたのだ。

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