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2007/05/27

愛の神がどうして罰を与えるのか

 罰は、何のためにあるのか。それは、社会に義と公正をもたらすためである。罰がなかったら、この社会はどうなってしまうだろう。罰がなくても、人は正しく生きることができるだろうか。或る人は、それは可能だと言うかもしれない。しかし私は、たとえ罰のない社会があっても、決してそこへ行きたいとは思わないだろう。そこでは残虐が思いのままに行われ得るのだから。
 それでは、神もやはり罰なしには、人に義と公正をもたらすことがおできにならないのだろうか。私はそうだと思う。神は、それほど人に大きな自由を与えてしまわれたのだ。そしてそれは、全能の神にももはやどうすることもできないことなのだと。
 しかしこれは、私の確信なのだが、罰は社会のために必要であると共に、人のためにも必要なのだ。この世界に王国があるのと同じように、人の心の中にも王国がある。その王国を治めているのは、その人の心なのだが、自由奔放にしている人の心の中がどのような状態か、私は想像して見るのも恐ろしい気がする。その人の心の中では、あらゆる悪いことが許されているのだ。私は、そのような心の中に行って見たいとは決して思わない。かつては自分もそのような状態だったことを思い出す。しかし、その私の心に神の裁きが下った。もし神の罰が下らなかったならば、私の中の混乱は、永遠に収まることはなかったであろう。しかし、神の義の裁きが私の心に下り、私に罰が宣告されたとき、私は始めて完全な平安を受け取ったのだ。ちょうど殺人犯が、自分に下された裁きによって平安を得るように。
 しかし、この裁きと罰はなんと、私に下されることはなかった。それは、まぎれもなく、わたしに向かって宣告されたものであり、それによって私は平安を得た。しかしその直後、その私が受けるはずの鞭を、神はキリストに向けられたのだ。キリストの打ち傷によって私はいやされたのだった。

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戦いと平安

サムエル記上 第22章

 ガトの王アキシュは、たぶん気だての良い男だったのだろう。気違いを装ったダビデは、彼のところから無傷で追い出された。アキシュのところを出たダビデは、アドラムの洞窟に難を逃れた。ダビデは、これまでのことで、自分の弱さを思い知っていただろう。彼の心は、苦難によって打ち砕かれ、神のみに依り頼む心が与えられた。そしてそこから、彼の信じている神の愛と哀れみが流れ出るようになっていった。いつしか彼の兄弟や父の家の者は皆、彼のもとに下って来た。また、困窮している者、負債のある者、不満を持つ者も皆彼のもとに集り、ダビデは彼らの頭領になった。四百人ほどの者が彼の周りにいた。彼は恐れずにモアブの王のところに行き、自分の父母をかくまってくれるように頼んだ。
 ダビデが預言者ガドの進言により、ユダのハレトの森に出て行くと、サウルも迎え討とうと出てきた。サウルは、彼の家臣たちに言った、「エッサイの子が、お前たち皆に畑やぶどう畑を与え、皆を千人隊の長や百人隊の長にするであろうか。」サウルの統治は、徹底して力の社会であり、弱肉強食の競争社会である。サウルは王として、手柄を立てる者に褒美と昇進を約束する。しかし、働きの無い者には、徹底した裁きが待っている。サウルの家臣や家来は、そのような緊張の中で互いに競争し合い、手柄を立てて褒美を得ようとし、人より高い地位に着こうとする。これは、今日の社会になんと似ていることであろうか。そのような社会には、安らぎというものは存在しない。私たちの社会にも、神を信じる者以外には、本当の安らぎはない。それは、みなサウル王に支配されているからだ。もし私たちが本当の安らぎを得たければ、ダビデの元に行く必要がある。ダビデこそは、イスラエルにおける信仰の指導者なのだ。私たちは、いつしか受験戦争や企業競争の中で、社会の競争原理の虜となり、サウル王の配下に捕われの身となっている。本当の安らぎを得るために、今勇気を持って、ダビデの元に逃れて行く必要がある。
 しかしダビデの元へ行くということは、戦いから逃れるということを意味しない。なぜなら、ダビデ自身が大いなる戦士であるからだ。私たちがダビデの元へ行くことは、主の戦士となることを意味する。自分の手柄を立てて、自分だけ褒美にありつくことを夢見るはかない戦士ではなく、主の栄光のために戦う誇り高き戦士となるのである。そして、そのような者に、ダビデの安らぎが与えられる。ダビデは戦いの中にあって、詩篇を詠み、舞を踊り、楽を奏したのである。彼の内には、常に主の平安があった。天から与えられる平安が。アヒメレクがダビデにパンと剣を提供したことをサウルが知ったとき、サウルは祭司の町ノブを襲わせ、そこの男も女も、子供も乳飲み子も、牛もろばも羊も剣にかけて殺した。そこから一人逃れてきたアビアタルに対してダビデは言った、「わたしのもとにとどまっていなさい。恐れることはない。わたしの命をねらう者はあなたの命をもねらう。わたしのもとにいれば、あなたは安全だ。」

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