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2007/05/24

敵意と恐れ

サムエル記上 第19章

 サウルは、息子のヨナタンと家臣の全員に、ダビデを殺すように命じた。ダビデを愛していたヨナタンは、父サウルの前でダビデをかばったが、サウルの心は、ますます異常を呈して来ていた。サウルは、正常なときには、ダビデを殺すようなことはしないと言い、ヨナタンもその言葉を信じた。しかし、悪霊が彼を襲うとき、手に持っていた槍でダビデを刺し殺そうとさえした。ダビデは、身をかわして逃げ、あやうく難をのがれた。
 サウルは、理由無くダビデを憎んだ。それは、恐れから来る憎しみであった。憎しみは恐れから来るのである。その意味で憎しみは狂気であり、憎しみを抱くものは、次第にその虜となり、自分自身の恐れを自覚し、それに支配されるようになる。サウルは、ダビデが戦いにおいてことごとく勝利を得るのを見て、彼を恐れた。サウルはまた、自分から神の霊が取り去られたことを知り、恐れていた。その結果、悪霊が彼を襲うことになったのだから。またサウルは、家臣や民たちが自分よりもダビデに従うようになることを恐れていた。そしてその結果、自分の王位が危うくなることを恐れていたのである。サウルは、家来に命じてダビデを見張らせ、彼を殺す機会をねらっていた。
 私たちも、キリストに従って生きるときに、ときには様々な人の憎しみを買うことがある。そして、そのような憎悪の前にしばしたじろいでしまうことがあるかもしれない。しかしそれらの憎しみが恐れから発していることを理解する必要がある。それは、彼らがこの世界を生きるときに感じる恐れであり、そのような恐れにたじろがずに生きる信仰者への恐れでもある。そして彼らの憎しみが強いほど、それと吊り合うほどの恐れが彼らを捕らえているのである。
 ダビデは、彼に対するサウルの憎しみを恐れることなく、それに関わらずサウルを自分の王として忠誠を尽くした。もし彼がサウルの憎しみを恐れるようなことがあれば、それは彼がサウルと同じ恐れを共有することになる。しかしダビデは、ただ神を第一として、神に第一に仕えていたのである。

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