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2007/05/17

王国

サムエル記上 第12章

 サウルの王権が全イスラエルに確立したとき、サムエルは全イスラエルに対して告別の辞を語った。彼は、神が命じられたように、民の求める声に応えてイスラエルを、王の治める国家と宣言したのである。
 サムエルは、自分がこれまで、主に立てられた預言者として、真実な心で正しい裁きをしてきたことを民全員の前で確認した。それから、神が永い歴史の中で、イスラエルをどのように導いてくださり、どのように外敵から守ってくださったかを思い起こさせた。それは、人の思いや戦略によらずただ神の先行する恵みと哀れみによったのであった。しかし、民が今要求していることは、イスラエルを王国とすることであり、その目的は、神に依り頼むことよりも、政治力や戦略に依り頼むことであった。
 サムエルは、このときに至ってもまだ、王国には反対だったに違いない。しかし、神がそれを許されたのだった。神は、むかしからそういうお方である。人のわがままを許されるお方なのだ。神は、アブラハムがアビメレクの前で、自分の妻を妹と偽ったのを許され、アビメレクの好意を得させられた。また、ご自分の選ばれたモーセがエジプト人を殺して、ミディアンの地に逃れるのを許された。また、モーセを通して、民の離婚を容認された。また、荒野で民がつぶやいたときに、うずらを送られた。そして今日も、私たちのわがままなお祈りに忠実に応えてくださり、苦難を逃れさせ、楽しみと歓びを与え、望む大学へ合格させ、仕事を祝福してくださっているのである。そのようなわけで、このときは、民の求める声に応えられ、彼らを治める王を与えられたのだった。
 しかし神は、完全なお方であり、そのような一見妥協に見えることでも、神にあっては決して妥協なのではない。神は、すべてに勝っておられる全能の神なのである。サムエルが神に祈り求めると、小麦の刈り入れの季節なのに、雷と雨を降らせられた。民は、それを見て、神とサムエルを非常に恐れた。なぜなら、この神の驚くべき奇跡の前には、この世界のどのように優れたものも何の価値もないほど、色あせてしまうからである。彼らが信じるべきは、この無から有を創造される全能の神なのである。その力と愛と哀れみの前では、どのようなものも必要ではない。まして、民を治める王など必要であるはずはない。神ご自身が、ご自分の民をすべての災いや敵から救い出してくださるからである。
 そこで神が彼らに王を与えられたのは、ご計画があってのことである。それは、永い歴史の末に、彼らの王の王であるお方を遣わされるためである。彼らは、これからサウロを通して、ダビデを通して、ソロモンを通して、ヨシヤを通して、その他の歴代の王を通して、彼らの王とはどのような方か、来るべき王、全宇宙の王とはどのようなお方かをその身を持って勉強することになる。そのような永くて苦くも有益な経験の後に、彼らは知るだろう。ひっそりと馬小屋に生まれられた方が、全宇宙の王、万軍の主であることを。

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