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2007/05/11

サムエル記上 第8章

 サムエルは歳老い、イスラエルの為に裁きを行う者として息子たちを任命した。しかし彼らは父の道を歩まなかった。国の中に正しい裁きが行われていないと感じた民は、サムエルに、他の国々のような王を立ててくれるように要求した。サムエルが神に伺うと神は答えられた、「民があなたに言うままに、彼らの声に従うがよい。彼らが退けたのはあなたではない。彼らの上にわたしが王として君臨することを退けているのだ」と。
 民はなぜ王を欲しがったのか。それは彼らが、神に仕えることを欲しなかったからだ。神に仕えるとは、絶えざる献身、1日24時間の献身を意味する。それはただ、神を心から愛する者にのみ可能なことだ。つまり、彼らは神を愛してはいなかったのであった。彼らは、1日のうちの限られた時間だけ神に仕え、あとの殆どの時間を自分たちの心の欲するままに生きたかったのである。そして、それには王が好都合であった。王に貢ぎを納め、敬意を表してさえいれば、後は自分たちの私生活を堪能できると思ったからである。
 ところで、私たちの信仰生活はどうであろうか。たとえ毎日曜日の礼拝には規則正しく出席していても、日々の生活においては神のことを思うことの殆どない生活を送っているのなら、また会社において、神よりも上司や社長を畏れているのなら、さらに、神に祈りや賛美を捧げることよりも、束の間の娯楽に興じることが日課となっているならば、そのような毎日は、このときのイスラエルの民と同じように、神を退けていると言うべきかもしれない。
 サムエルは、彼らに語り聞かせた。彼らを治める王とは、どのようなものなのかを。王は、彼らの息子たちを徴用して軍隊に送り込み、娘たちを徴用して産物を作らせ、畑の収穫の中から十分の一を徴収する。そのようにして、彼らは王の奴隷となり、そのことのゆえに彼らは、泣き叫ぶようになると。彼らは、それでもサムエルの忠告を聞かなかった。

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