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2007/04/24

ヨハネの福音書(第7章:イエスの時)

 ユダや人の祭りが近づいたとき、イエスの兄弟たちが彼に、祭りに行って自分を世に現すように勧めた。主イエスが行われる目覚ましい奇跡を見て世の人は、今こそ彼の時だと思った。彼らは、自分の尺度や世界観でものごとの展開を計る。そして、神からの啓示は、そのような目覚ましいしるしと共に到来すると信じていた。しかし、そのとき主イエスは、「私の時はまだ来ていない」と言われたのだった。
 祭りは天からの啓示の一つの契機である。人は、祭りを神聖なものと見る。そして、それに参加することにより、普段の生活では得られない何か神聖なものに介入できると考える。そのような意味で、祭りはこの世の人々にとっては、一つの時なのである。そこで主イエスは、「あなたがたの時はいつも来ている」と言われたのだった。しかし、主イエスの時はまだきていなかった。それはやがて来ることになるのだが、いったいどのような時なのだろうか。まず、それは人知れずにやってくるのであり、それが来たときそれを知っている者はいない。この世はそれを知ることができないのである。というのは、それは天からの光、すなわち主イエスが闇の世に来られたことにより、到来を始めたものであり、それは少しづつ本格的に到来しつつあったのである。主イエスは、それを「天国は近づいた」と表現された。それは、主イエスの方から近づくのであるが、一方また、この世の方からも近づいて行くのであり、そのようにして光と闇が出会うのである。そしてその結果、主イエスの預言しておられたこと、すなわち人の子が十字架に架かるということが起こるのである。そして、いよいよ主イエスが十字架に向かって最後の接近を始められる時が、主イエスの言われた「私の時」というものなのである。
 この世界における私たちクリスチャンの運命もまた、主イエスの言われた「わたしの時」のように到来する。それがまさに到来しようとするとき、私たちは自分の時が来たことを聖霊により知り、神の御許へ行く備えをするのである。

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