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2007/04/14

神の帰還

エゼキエル書 第43章

 御使いは、エゼキエルに神殿の内部をつぶさに示し終わると、彼を東の門へと導いた。すると見よ、イスラエルの神の栄光が東の方からまさに到来しつつあった。エゼキエルの立っていた地は、その栄光で輝き始めた。その幻は、彼がかつてケバル川のほとりで見たときと、また神が怒ってイスラエルの街を滅ぼされたときの幻と変わっていなかった。あのとき、御使いは神の命令により、ケルビムの巨大な回転する車輪の間に入り、そこにある炭火を手にとって、街を焼き払うために出ていった。その壮大な幻がいままたエゼキエルの前に姿を現したのだった。
 イスラエルの神の栄光は、東の門から入り、再び神殿の中に留まった。エゼキエルが神殿に行ってみると、見よ、神の栄光が神殿を満たしていた。エゼキエルは、神殿の中から彼に向かって語り掛ける声を聞いた。なんと、神はイスラエルを赦し、彼らの直中に永遠に住まわれることを決意されたのだった。それは、永遠の昔からではなく、いままさに創造された幻であった。神は、その実現をエゼキエルに託され、彼に神殿とその周りの街のすべての設計図、それから民が守るべきすべての掟と律法を示された。イスラエルの民がそれらに従い、定められた場所、定められた方法で犠牲を捧げると、神は彼らを受け入れられる。しかし、いったい何が変わったのだろうか。どうしても何かが変わらなければならないのだが。
 神はエゼキエルに言われた。「今、わたしのもとから、淫行と王たちの死体を遠ざけよ。そうすれば、わたしは彼らの間にとこしえに住む」と。神はイスラエルの王制を終わらせられた。そして民と敷居一つ、壁一枚の隔たりで住まいされることを決意された。そのようにして、自らダビデのように民の一人一人を治められるのだ。
 神は、これらいっさいのことを今、エゼキエルに示され、その実現への決意を力強く言い表されたのであった。その実現は、いつのことだろうか。私は、これらのすべては、イエス・キリストにおいて実現したのだと思う。

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