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2007/03/18

幻の都

エゼキエル書 第40章

 バビロン捕囚が始まってから約12年目にエルサレムが陥落し神の神殿が破壊された。そしてその年から数えて14年後、それはエゼキエルが全能の神の力強い幻を見てからちょうど20年目にあたる。
 神はエゼキエルに一つの幻を見せられた。なんと神は、神殿を建設しておられたのである。それはまた、都のようにも見えた。生活の基盤としての故郷、民族のアイデンティティの保障としての自由、そして心のよりどころとしての神殿が失われ、多くの月日が流れ去り、すべての人間的な望みが尽きたところ、そこはまた、神の働きが始まるところである。それにしてもこの神殿は、何とすばらしいたたずまいをしていたことだろう。これはこの世のものとは思えない。もしかするとそれは、神が人の心に住まわれるとき、その人の心のあり方を示したものではないのだろうか。神は、エゼキエルに言われた、「あなたにこの神殿を見せたのは、それをイスラエルの民に示すためである」と。なんと神は、この神殿において再びイスラエル民族の直中に住まわれようと決意されたのだった。
 この神殿には、東と北、南に合計3つの門があり、それぞれの門は、みな同じ作りであった。それは幅が約5mあるゆったりとしたものであった。門は廊下のように長く神殿の内側に向かって続いており、そこへ入って行くと、それをぬけるまでに、両側にそれぞれ3つづつの控えの間があった。この「控えの間」とはなんだろうか。なんのために控えるのだろうか。これが入り口の門にあることから、誰かが来られるのを待つためなのだろう。しかも6部屋を配して。そのようにして待たれるお方は誰だろう。それは、王の王、主の主であるお方と思われる。それらを約3m間隔で配置することにより、この廊門の奥行きは25mもの長さとなる。その両側には明かり取りの窓が開けられていた。この長い門の裏側、控えの間を越えたところは、外庭になっており、そこには、敷石が敷き詰められていた。
 この都を取り囲む壁は、高さも幅も約3mであった。これは城壁ではありえない。そこにはもはや、この都を攻める敵は存在しないのである。

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