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2007/02/16

説教22:「神と神性について(マタイ10:28)」より

 神は昔から様々な形で人々にご自身を啓示して来られた。アブラハムには全能の神として、イサクには祝福の神として、またヤコブには選びの神としてご自身を現された。神はご自身を現そうとされる対象により、様々な形でご自身を現されるのである。そこに啓示されているのは、神ご自身と言うよりは、むしろ啓示する対象としてのそれぞれの人の使命あるいは生涯である。つまり啓示という形で私たちが知ることができるのは、神ご自身というより、むしろ私たち自身のことなのであり、そのとき私たちが聞くのは、実は神からの声ではなく、被造物が発する「神よ!」という叫びなのである。
 それでは神は本当はどのようなお方なのか。上で述べたような啓示という形で私たちが知り得る最も完全な神の姿は、主イエス・キリストである。神は人間イエスの中に考えられ得る最高の形でご自身を啓示された。このお方をおいて他には、完全な形で神を見る方法はない。しかしその場合でも、イエスにおいて見られているのは、神ご自身ではなく、救い主としての神ご自身の啓示なのである。
 そこで私たちが神を最も身近に知る方法は、自分自身の生涯に現れられる啓示としての神を知ることであり、それを通して私は、神の前で自分はどういう存在であるのかを知るのである。そして、これがこの世界を生きる私たちが個体として神に迫ることのできるぎりぎりの線なのである。
 しかし、もしあなたがこの線を越えて進もうとするなら、自分の個体的な概念を完全に捨て去らなければならない。それは、神の前に完全な信仰者として立つことであり、イエス・キリストをその身に着ることである。そのとき、この世界にはもはやあなた以外のものは存在しないと同じである。完全な信仰者とは、来るべきアダムであるイエス・キリストであり、このお方はただ一人だからである。
 そのとき、神はあなたを通してこの世界をご覧になり、あなたを通してこの世界を愛される。あなたが見ているこの世界は、神が見ているその世界であり、あなたが愛するこの世界は、神が愛されるその世界なのである。そのとき、あなたを見ているのはあなたであり、同時に神であることになる。そしてそのことは再び、神があなたを通してご自身を見ていることになるのである。そのようにしてついにあなたは、神の愛される一人子としてのあなたとなるのだ。

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