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2007/01/15

説教5:「知性と意志とについて(集会の書50:6,7)」より

 知性と意志、これは人が神に従い行くときに必要なものである。人がこの地上で神に従い行くためには、まず彼が知性によって神と被造物とを正しく把握し、その認識に従って使命を遂行しようと意志する必要がある。しかしいったい神を認識するとはどういうことなのだろうか。そもそも神はどこに住まいされるのだろうか。
 まず私たちが認識すべきことは、神は遍在なるお方だということである。神はどこにでもおられる。もちろん私たちの心の内にも。しかし神を認識しようとしているのが当の私たちだということから、精神の内に臨在される神のあり方が私たちにとって非常に重要となるのである。というのは、精神の内にあっては私たちは、神と被造物を同時に、厳密には私自身をも含めた3つを同時に認識することになるからだ。
 この一なる認識の内では、私は被造物を認識することにより神を認識し、神を認識することにより被造物を認識する。被造物なしに神だけを認識することはできず、また神なしに被造物を認識することもできない。なぜなら神は単独で神であるのではなく、私にとって神であるのであり、同様に被造物に対して神であるのだからである。被造物から切り離された神は、神ではあるが、それは純粋な神性であり、私はそれを認識することはできない。それゆえ、キリストは人となられたのであり、彼を見た者は神を見たのである。
 さてそのような認識の内にあっては、私は自分を神の子として認識する。神からこの世界のすべてのものを相続するように定められている神のひとり子として認識するのである。何のために万物を相続するのか。それは、神と共に支配するためである。そして万物を支配した私は、万物と共に神の元に帰り、すべてが一つになるのである。

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説教4:「死して有る生き方について(ヘブル11:37)」より

 キリストに従うことは、この世に対して死ぬことである。「あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない」と主イエスは言われた。人は永遠の命を獲得するために、この世界に背を向け、この世界に対して死んでいる必要がある。それが、自分の十字架を負ってキリストに従うということである。
 人はみなただ一人でこの世界に生まれてくる。そして、死ぬときもまたただ一人である。この孤独な存在である人間は、そのようにただ一人である限り、また何者でもない。もし彼が、ただ一人生まれて、やがてただ一人死んで行くだけなら、彼は無そのものである。彼は自分以外のものと関わる方法がない。たとえ彼が壮大な事業をして、多くの偉大な業績を残し、資産と名声を築き、彼の名が歴史に残るようになろうとも、彼は死ぬときに再びただ一人になるのであり、彼の事業は何の役にも立たない。なぜなら、彼は自分の業績をすべて地上に置いて行かなければならないからだ。そして、彼はやはり一人で死んで行くしかない。それは、彼が自分の外に富を蓄えたのであり、自分の内側は依然として無だったからである。しかし彼が生きている間に、彼が自分の無から自由となり、完全な有、すなわち神の元に帰る機会が与えられているのである。そしてその方法は、唯一つ。彼が自分に死んで人生を生きることなのである。
 自分に死ぬとは、自分の人生の事業をすべてあきらめるということである。そして、自分の外にではなく、自分の内側にのみ目を向けることである。彼の内側には何があるのか。彼の内側の世界は、神が造られた世界である。しかしそこは、いま無法地帯となっている。彼の外側がどのように豊かであり、理路整然としていても、彼の内側の世界は、支離滅裂で法則のない世界なのである。なぜそうなってしまったのか。それは、彼が外側の世界を良くしようと奔走したためである。そのために、彼がもっとも犠牲にしたのは、実は自分自身だったのである。
 しかしその荒れ果てた彼の王国に、一人の王がやって来られる。その王はこの国の王権を握ってから何をするだろうか。彼はあなたの中から時間と戦略を追い出されるのだ。そして、失われていた秩序を回復させる。この新しい王国にあっては、すべてのものがその創造の目的に沿って価値を与えられている。そこでは意味のないものは一つとしてなく、価値が相対的に変動することもない。そこは時間が存在しない永遠の世界だからだ。外側の見える世界は、この内側の見えない世界により創造されたのであり、すべてはそこからあなたの元へ落ち来たったのだ。そこであなたには、これらのものを治める使命、すなわち創世記における「地を従わせよ」との使命を遂行する務めが課されていることになる。あなたはいま、まさに霊的な世界に生まれたのであり、そこでキリストにあって全宇宙を相続しなければならないのだ。あなたが神の勇士として万物を雄々しく略奪するとき、すなわちキリストにあって勝利を得てそれらを支配するとき、すべてのものはあなたにより、父なる神の元に帰るのだ。

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