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2007/01/12

説教2:「魂の内にあるひとつの力について(ルカ10:38)」より

 人間の精神の内に3つの力がある。それらは共に神が創造したものであり、神の属性でもある。しかし、神が人をご自信の似姿に創造されたゆえにそれらの力はまた人の精神の内にも帰属しているのである。
 それら高貴な力の一番目は「生み出す力」である。これは、神が天地を創造した力であり、いままでにない新しいものを無から創造する力である。これは三位一体の父なる神に帰属する。精神の内にあってはこれは想像力に対応し、自己という精神世界の王国の内に、神に従い行くために必要なすべてのものを生み出すのである。
 精神の中の高貴な力の二番目は「活動する力」である。これは聖霊に対応する。神が創造されたすべてのものに命を与え、力強く活動させるのが聖霊なのだ。この力によって世界は動いている。春になるとつぼみが膨らみ、綻び、美しい花や緑の葉が生い茂るように、この力はこの世界に神の栄光を現すのであり、そのように聖霊があなたの心に来られて、神の栄光の御姿をあなたの精神の内に啓示されるのである。そしてあなたにはこの力により、永遠に神と共に働くことが可能となるのだ。
 三番目の高貴な力は「認識の力」である。これはもっとも高貴な力であり、先の二つの力を遙かに超えたところにある力である。この力が最も高貴である所以は、それが決して働くことがないというところにある。というのは、働くためには知識や戦略が必要となるのであり、そのために神と自分の間に区別が生じるのである。
 つまりこの力は、私たちが通常行っているところの認識作業とは異なったものである。通常の認識は、まず知覚から始まる。しかし精神の世界における認識においては、知覚というものは前提されていない。それは、無からの認識なのであり、神と自分の類似性からすべてを認識するものである。それが可能なのは、神があなたをご自身に象って創造されたからである。
 しかしここで、あなたが知らなければならないのは、この高貴な力が認識するあなたの姿は、主イエスそのものだということである。主イエスはそのために天から降り、人となられたのである。そのとき、神はあなたの内にまったく本来の形で住まわれることになる。それは、主イエスご自身の内に神が住まわれたのと同じ姿である。主イエスはそのようにしてあなたの魂の城なる認識の力の内に入り来て、そして父と聖霊と共に永遠にあなたの内に住まわれるのである。

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説教1:「魂という神殿について(マタイ21:12)」より

 ヨハネの福音書第2章21節に「イエスは、ご自身の体である神殿のことを言われたのである」とあるように、「宮清め」と呼ばれるこの聖書の箇所で主イエスは、宮に例えて人の魂のことを言っているのである。この魂という神殿は、天地創造のときに神ご自身に模って創造された。だからそれには、もはや付け加えられるべきものは何も無い。何もあってはならないのだ。どのような向上心も、勤勉な心も、自分が宮であるということの先に出るようなものは、すべて無用である。なぜなら、神はあなたをご自身の完全性に模ってお造りになったからだ。だからあなたのなすべきことは、ただ宮であることだけである。宮自身は、何も考えないし何も感じない。ただそこに存在するだけだ。あなたに求められていることは、そのように不動であること、宮であり続けることだけなのである。
 ああしかし、そのような不動の宮であるあなたの魂に、ついに主イエスが入って来られるということが起こる。なぜか、それはあなたが神の宮として創造されたからだ。聖書に書かれていることは、すべて必然的なことである。主イエスがこの地上に降られて神の宮に入られ、そこから商人を追い出されたことは必然的なことであり、この地上における彼の業の重要な要素の一つだったのだ。だから主イエスは、この地上に降られた以上、あなたという魂の神殿に入って来られ、そこからすべての商人すなわちこの世的な知恵や戦略を追い出されることを意図しておられるのである。そこでこのことは、あなたの努力によるのではなく、永遠の神の創造の業によるのである。あなたの内に入って来られた方は、永遠に不動なるお方である。そして彼の口は何も語らない。その必要はない。彼ご自身が神の一なる言葉なのである。彼があなたの内に入られるということが、彼があなたに神の一なる言葉を与えるということなのである。主イエスが魂の宮であなたに何か細々とした知識を与えられるというのではない。主イエスがあなたに与えようとしておられるのは、主イエスご自身に他ならないのだ。そして、それは同時にあなたが主イエスというお方を知るということなのだ。この「一なる言葉」は、神のすべてである。すなわちそれは、神があなたのすべてを支配し、知恵のすべてを与え、甘美さと豊かさの限りをあなたの魂に賜るということなのだ。このとき、ついにあなたは知る。自分がどういうものであり、何のために創造されたのかを。そして、あなたは主イエスのように永遠に神に仕える者とされるのだ。

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