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2006/12/18

エゼキエル書 第28章

 この世界には、知者と言われる者が存在する。彼らは知恵に満ちており、それを使って様々な偉業を成し遂げ、人々から讃えられ、崇められる。それはまるで神のような心に見える。彼の他の誰もそのようなことは思いつかない。彼がそのような知恵をどこから手に入れるのか誰も知らない。
 それがあまりにも効力を発するので、彼自身も自分の能力を讃え始める。というのは、彼自身も自分の能力を完全に把握していないからだ。しかし、彼はそのような状態にありながら、自分を誇ることを始める。そして、自分は神に近いと考え始める。このころから、彼に変化が訪れる。というのは、彼は自分の創造主である神をライバルと考えるようになるからだ。それがどのような倒錯なのか、もう彼には分からなくなってきている。そしてそのようになったとき、もはや彼に知識を提供しているのが、神ではないことに彼は気づかなくなっている。しかし、彼が神を敵と認識し始めるに及び、彼の敵が彼に何かを提供することが無いことが突然彼に理解される。そしてそれを瞬発力として、彼は完全に悪魔の手先と化してしまうのだ。
 このような変化は、実は、天使長ルシファーが堕落したときに起こった変化の跡を追っている。ルシファーは、悪魔となり、今も人を誘惑している。それに彼の存在のすべてが掛かっているのだから。彼に惑わされる者が存在する限り、彼も存在できることになる。しかし、それは最後の審判の時までだ。そのときになると、この世の知者に知識を与え、それをもって征服していた存在が、実は蛙のようなものであったことが明らかとなるのだ。
 父なる神さま。最後まであなたに従う忍耐を与えてください。

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エゼキエル書 第27章

 ティルスは美しさ、繁栄の極みである。世の誉めるものは、美しいもの、豊かなもの、賢いもの、等々である。しかしこれらは、もともとは神のものだったのだ。しかし人間はその神の栄光を自分の名誉のため、繁栄のため、享楽や快楽のために使うようになった。そして、その栄光を飼い慣らし、自ら栽培し、育成し、取り引きし、評価し、それらはついに人々の生活の基盤、すべてのすべてになってしまった。
 彼らは、天の父によって造られ、その心は天のものによって満たされるはずであったのに、彼らは天から火を盗み、それを飼い慣らし、自分たちの世界を構築し、その中に城壁を建てて住むようになってしまった。もはや、彼らの心が天に憧れることもない。彼らは天上のことがらに永久に関わることがない。それは、彼らが神の栄光を盗み、それを地上の栄光に変質させ、自らそれに酔いしれたからである。
 しかし地上のものごとは過ぎ去る。彼らが時間の中に構築した財産は、時間と共に朽ち果てて行く。彼らは、それらを繕い、その寿命を延ばすことにエネルギーを費やし、それが進歩や発展だと思っている。しかし立ち止まって良く考えてみれば、新しいものなど実は何も無いということが明らかになる。
 これらのことに対する神の裁きは、彼らの拠り所を一瞬にして取り去ることだ。そうなったとき、彼らは、自分たちがいかに空しいものに望みをおいていたかを思い知る。しかしもうそのときでは遅いのだ。永遠の時間の前に彼らの罪は確定してしまった。もう彼らが悔い改めに立ち帰ることは不可能なのだ。では、いつならまだ間にあったのか。彼らはいつから狂い始めたのか。イスラエルのような姦姻の罪を遙かに越えて、冒涜の罪へ突っ走り始めたのは、いつからだったのか。
 ああ神はエゼキエルに「ティルスのために嘆け」と言われた。神はティルスのために大いなる嘆きを抱いておられる。それは、彼らの背きの発端が、永遠の世界で始まったのだから。
 父なる神さま。この宇宙に対するあなたの深い嘆きを感じることができますように。

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