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2006/10/24

苦行

エゼキエル書 第4章

 イスラエルに注がれた神の怒りは大きく、そのままでは回復は不可能であった。神はエゼキエルが民に語るのを止めさせられた。そこでエゼキエルは、神の前にまずこの罪を償わなければならなかった。しかもただ一人で。
 レンガでエルサレムを作り、それに向かって神の裁きを宣言した後、左脇を下にして三百九十日、右脇を下にして40日、一日を一年として彼はじっと横たわる苦行により、イスラエルの罪をその身に負わなければならなかった。神からの特別な力がなければとても耐えられなかっただろう。エゼキエルは、神に命じられた人糞の代わりに牛糞でその苦行の間に食べるパンを焼くことを許された。
 ああエルサレムは後に、このときエゼキエルが行ったようにして包囲され、城壁は崩され、人々はみなバビロンに連れ去られることになる。それは、彼らが彼らの神を捨てたからだ。
 父なる神さま。聖霊によりあなたの思いを持つことができますように。

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ねたむ愛

エゼキエル書 第3章

 エゼキエルに語りかけた者は、彼に巻物を食べさせた。するとそれは彼の口に蜜のように甘かった。それは、まさにエゼキエルが待ち望んでいたものであり、彼の心は神と、霊によって結びついていたのだ。神はエゼキエルに再度、反逆の民のかたくなさと、そこへ遣わされる彼の預言者としての使命を語った。そのとき、神の栄光は、まさにそこから飛び立とうとしていた、神は、エゼキエルが死なないように彼を霊によってその場から引き上げられた。
 エゼキエルは、霊により連れ去られ、ケバル川のほとりの捕囚の民のところへ遣わされて行った。彼の心には、神の思い、イスラエルの民に対する苦々しい思いが渦巻いており、ただ呆然とその場に留まっているばかりであった。
 一週間後に神はエゼキエルに語られ、イスラエルの民に悪の道から立ち帰るように説得するよう命じられた。その後、神は再びエゼキエルに語られ、彼に平野へ出て行くように命じられた。彼はそこに、再びイスラエルの神の栄光が留まっているのを見た。しかし神は彼に、今度は自分の家にこもって沈黙するように命じられたのだった。
 神の心は揺れている、イスラエルへの愛に。エゼキエルは、神の前にあえぐ。彼がそれに耐えられるだろうか。神の息吹が彼に襲い掛かろうとしているのだから。
 父なる神さま。あなたの愛は、まさにねたむ愛です。

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