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2006/10/12

聖さの体系

レビ記 第22章

 捧げ物に関する規定である。まず気がつくのは、イスラエルの民が聖別して捧げた物が聖なる物とされていることである。それはどのようにして聖となるのか。それはただ、神が定められた通りに捧げられることを通してであり、これ以外に方法はない。捧げ物を聖くするのは、神の臨在であり、決して私たちの努力や技巧などではない。
 次にそのようにして聖くされた捧げ物は、すでに私たちとは関係がない。それは神の領域に属しているゆえに、私たちには属していない。またそれゆえにそれは聖いのである。祭司と言えども、清くないままでそれを食べるならば彼は神の前に害を免れない。
 次に聖い捧げ物は、それを捧げる者を聖くする。捧げ物の効果は、たちまちにして現れる。それがそれを捧げた人を聖くすることによって。
 最後に捧げ者は、神の御名を聖くする。神の御名自身は私たちに関係なく聖い。しかしもしそれが汚れているとすれば、それはそれを汚した人に対してのみ汚れているのである。ああ、なんということだろうか。神の御名がある人にとって汚されるということが有りうるとは。その結果、その人が神に近づく道が閉ざされてしまうのだ。彼のたった一つの望みさえも、彼の罪によって閉ざされてしまうのだ。
 しかし神は、それに期限を設けられた。例えば「夕まで」というように。そして、そのしばらくの期間の後、彼の神への道は回復される。神がモーセを通して語られたように、「私は主、あなたを聖めるものである」と。
 父なる神さま。あなたの聖さを教えてください。

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