« 2006年9月7日 | トップページ | 2006年9月14日 »

2006/09/13

永遠の命

レビ記 第20章

 「私が聖いので、あなた方も聖くあらねばならない。」と言われている。
神は人をご自身の形に創造された。つまり、人は神のみ姿に型どり、聖いものとして創造されたのである。なぜそのようにされたのか。それは、神が人を「永遠の愛」で愛すためなのだろう。だから人は、神の愛を受け取りながら、永遠に神との交わりの中に保たれて行く存在なのだ。
 しかし人は、時間の中で生きているゆえに、この「永遠という力」に耐えることができない。時間は、すべての形あるものを風化させ、破壊し、無効にする力を持っている。時間の前には、どうように堅い岩も粉々にされて砂と化し、またどのような堅い意志も骨抜きにされてしまうのだ。アダムの無垢を奪ったのもこの時間の力だったのだろう。
 そこでこの悪の力に立ち向かうには、私たちは死をもってするしかない。キリストの十字架上の死が私たちを罪から解放し、永遠の命を与えるのだ。主イエスは、それを類希なほど美しく言い表された。すなわち「一粒の麦が地に落ちて死ななければそれはただ一粒のままである。しかしもし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。」この世界を生きる力の源をイエス・キリストだけに求め、その導きに完全に従って生きること。この中にこそ、最大の可能性があるのだ。
 父なる神さま。イエス・キリストこそが私のすべてです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年9月7日 | トップページ | 2006年9月14日 »