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2006/09/07

律法の精神

レビ記 第19章

 神は、モーセを通じてイスラエルの民に律法を授けられた。それは、十戒として知られているが、考えられ得る最高の律法である。
 この律法は、国家の効率的な運営を目指すものではない。それは群衆に与えられたものではなく、民一人一人に与えられたものなのであり、しかも人が考えたのではなく、神から人へ与えられたものなのである。
 そこでこの律法は、国家繁栄の原理を説明してはいない。また個人の完成を指向してさえいない。もともと聖書にはそのような個人的成長の概念はない。あるのはただ服従か背反かである。そして、与えられた律法を守ることが要求されているが、奇妙なことにそれを完全に守ることのできる者はいない。
 これらのことから言えることは、この律法の目的は、それによりそれまでになかった何かを成し遂げることではない。この律法の目的はただひとつ。民の心を創造主であるまことの神に向けさせることなのだ。
 父なる神さま。私の心が、業でなく、ただあなたに向いているように導いてください。

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