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2006/08/04

祝福の中の呪い

レビ記 第12章

 これは、子を産んだ女性の清めに関する掟である。
 ここでは、お産が汚れたものとして取り扱われている。「汚れたもの」とは「忌むもの」でもあり、それは、エバが罪を犯して以来、お産に伴うようになった「苦しみ」に由来すると思われる。そこには、新しい生命が生まれるというこの上なく喜ばしいことが有りはするのだが、お産自体は汚れたものとして取り扱われているのだ。その原因は、罪を犯したエバが被った「呪い」であり、それは全人類に波及しているものなのだ。
 この人類の生活に伴う「呪い」というものは、ある意味で非常に特殊なものと言えるかも知れない。神はエバに言われた。「あなたは苦しんで子を産む」と。誕生というこの上もなく喜ばしいことに「呪い」が伴うのだ。だからこの呪いを取り去らなければ、そこにある喜ばしいことが祝福とはならないのだ。
 律法は、イスラエル民族の生活の全領域を覆うものである。そこで上記のことは、精神的なことであると共に、肉体的な規定ともなっている。そしてそれは、何と女性の身体的な守りを意図しているように見えることか。
 神は、民に律法を与え、それを守らせることにより、この呪いを打ち消す方法を提供されたのだ。それは、人に儀式を行う(あるいは行わない)義務を課する。それを行うことにより彼は、自分の被っている呪いを自覚する。これがきっと祭儀の役割として大きなものなのだろう。そして次に彼は、彼の成した業により、神が彼を呪いから解放してくれるのを体験するのだ。
 父なる神さま。あなたの律法に込められた永遠の愛を賛美いたします。

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