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2006/07/22

「イエス」:第二章 イエスの宣教・神の支配の到来 第二節 神の支配

 ブルトマンによれば「福音」とは「神の支配への招待」である。しかし
「神の支配」とは何か。それは「終末論的な救い」である。この救いは、地上のものではなく「ほらここにある」とは言えないものだ。またそれは、独自の法則を持っており、私たちの倫理観や善悪の感覚を越えている。この救いを手にするためには、人は徹底してこの世に背を向けなければならない。しかし福音がたとえそのようなものであったとしてもブルトマンは、それが人間にとっての唯一の救いであると言うのである。
 しかし不可解なのは、この福音を語ったイエス自身が、それを聞いた当時の人々と同様に神の国の到来について、物凄い終末論的なドラマを期待し、無邪気に神の支配での飲食を語っていることである。
 ブルトマンはまた、12弟子はその当時の教団が選定したのだと言う。彼にとっては、イエスはその所属する教団の長であり、あくまで原始キリスト教団の一員なのだ。だから、間違うこともあった。しかし重要なのは、イエスが何を語ったかということよりも、イエスの言葉を含む原始キリスト教団の宣教が何を意味するかということなのだとブルトマンは考えるのだろう。
 そして彼にとって、もっとも大きな終末論的なドラマは、人の心がこの福音に応答して変わり、神の前に一つの実存として生き始めることなのである。

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