« 2006年5月26日 | トップページ | 2006年6月2日 »

2006/05/31

天上の民

出エジプト記 第39章

 神がモーセを通じて命じられたもので彼らが造ったものは次に、アロンの子等が祭儀に際して着る衣装、その上に身に付ける12の宝石が埋め込まれたエポデと言われる胸当て、その上に羽織るガウン、スカートとその裾に付けられる房と金の鈴その他であった。
 彼らはこれらを全能の神から与えられた知恵と理解力で造り終えた。「知恵」それは、この世界にかつて無いものを生み出す力、そして「理解力」は、それをこの世界に焦点を結ばせることにより、具体的な客体として結実させるのである。
 彼らがそのすべてを造り終えたとき、モーセがそれらをチェックすると、みよ、それらはすべて神がモーセに命じた通りに造られていた。ちょうど神が天地を創られ、7日目に休まれたときのように、それは快くすべての仕様を満たしていた。
 何という違いであろうか。彼らは、かつてアロンに迫って、金の小牛の偶像を自分たちの考えで造らせた。それは、神の怒りを買い、モーセは怒って契約の板を砕き、金の小牛を粉々にし、水にまぜて彼らに飲ませた。しかし、ここにモーセが見たものは、そのすべてが神の御心にかなう、麗しいものだったのである。
 モーセはそこに何を見ただろうか。それは、彼がかつて怒っておられた全能の神に命を掛けて取りなしたときに、彼のなけなしの信仰の目で見ていたところのイスラエルの民の天上における本当の栄光のすがたに違いない。
 父なる神さま。信仰の目で、天上のものを見ることができるようにお助けください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

荒野の宝

出エジプト記 第38章

 ベツアレルは、オホリアブと共に神から特別に授かった知恵と理解力で、神がモーセに命じられたすべてのものを造った。それらは、まず祭壇、これはアカシアの木で造られ、4つの角があり、青銅がかぶせられた。そしてその祭壇に煩祭が捧げられる時に使われる諸々の用具も青銅で作られていた。
 また、聖所の中庭を仕切る垂れ幕、それを支える東西南北合計56本の柱とそれをはめ込む窪み、これらも青銅で覆われており、幕を柱から下げるためのフックと紐は銀であった。その他、聖所の門を始め、すべて主がモーセを通して命じられたものを彼らは造り終えた。
 そしてそれらすべてを造るのに使われた物資の合計は、実に金29タラント730シケル、銀100タラント1775シケル、青銅70タラント2400シケルであった。その他、天幕や垂れ幕やその上に施される刺繍に使われた高価な素材もあった。これだけの財宝が、エジプトからあわてて夜逃げしてきたようなイスラエル民族の持ち物の中に隠れていたのであった。それらは、聖書の記述によれば、彼らがエジプトを出発するときにエジプト人に希って、もらい受けたものであり、そのようにして奪い取ったものであった。しかしそれらは、荒野を旅する彼らにとっては、何の価値もないに等しいものでもあった。彼らは高価な財宝に囲まれながら飢え死にしそうであったのだから。
 しかし彼らが、それらの財宝をモーセの命令に従って、神の御前に持ってきたとき、彼らは、今まで抱えていた彼らの埋もれていた財宝の真の意味を知ったのだ。それらは、彼らにとってある意味で重荷であった。金29タラント730シケル、銀100タラント1775シケル、青銅70タラント2400シケルを彼らは、自分自身で身に付けて持ち運んでいたのだから。
 しかし、彼らがそれらを主に捧げたとき、しかも主に心を動かされて捧げたとき、そこに出現したのは、もはや金の小牛ではなかった。それは、全能の神が宿られる聖所であり、かつてこの世界には存在したことのないものであった。彼らはそこで、神の輪在を体験し、彼らの荷は軽くなった。神は、彼らの重荷を、レビの子等に負わせられたのだ。
 これら一連の事柄の中に、私は神が天地創造以前に計画されたところの主イエス・キリストによる購いの御業を見る思いがする。
 父なる神さま。あなたの永遠の救いの御業とそれに対応した、私たちの中に埋もれた、あなたの財宝に目を開かせて下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年5月26日 | トップページ | 2006年6月2日 »