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2006/05/02

大祭司

出エジプト記 第28章

 神はモーセに、大祭司が身につける衣装のデザインを示された。
 大祭司であるアロンは、聖なる衣装の上にエポデを身につけなければならない。このエポデには、イスラエルの12部族にちなんで、12の宝石が巧みな刺繍と共に縫い込まれていた。これらの衣装は、大祭司を聖別するためのものであり、彼がこれらなしに祭儀を行うならば、死を免れることはできない。
 しかし何が彼を聖めていたのか。それはエポデに埋め込まれたイスラエルの12部族ではなかった。彼を聖めていたのは、彼の務めそのものであった。大祭司の衣装は、彼の務めを表すものであり、彼は邪念を抱くことを禁じられていた。彼は身を清め、心の邪念を取り除き、ただひたすら務めも全うする必要がある。もし彼に聖くないところがあれば、彼は死に瀕することになる。彼は、自らが身につけている金の鈴の音により、自分がまだ生きていることを確認する。そしてそれはまた、至聖所の外で待つアロンの子らにとっても同じ合図となる。もし鈴の音が一定期間聞こえないなら、彼らはアロンの身体に巻き付けた紐をたぐって彼の死体を至聖所からひきずり出すことになる。
 神に仕えるということは、これほどに緊張感のあることであった。それは命がけの仕事である。彼には、聖かもしくは死のどちらかがあったのだ。
 しかし、この旧約聖書の神はキリストの十字架と復活により、ご性質が変わってしまわれたのだろうか。否、そうではなかろう。神は永遠から永遠まで変わらないお方だから。
 それでは、なにゆえに私たちは、この祭儀の恐怖から解放され得たのだろうか。それは、小羊の聖なる血がただ一回の完全な購いを成し遂げたからである。この購いは、日常的に犯される個々の罪の購いではなく、それは、私たちの過去、現在、未来を含めたすべての罪の購いである。この完全な祭儀により、罪の力は完全に打ち砕かれてしまったのだ。
 父なる神さま。小羊の血による勝利を賛美します。

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