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2006/04/25

雛形

出エジプト記 第25章

 神は、山の上でモーセに聖所とその中に設置すべきすべてのものの設計図を啓示された。その目的は、神が彼らイスラエルの民のただ中に臨在されるためであった。
 神はモーセを通じてイスラエルの民に命じられた。「山で示された型通りにそれらを注意して造りなさい。」それらは、すべて「型」である。しかしこれらの「型」を通して神は彼らのただ中に臨在されようと意志されたのであった。
 まず、神の掟すなわち十戒を自らの指で記した板を納めるためのアークと呼ばれる箱。神は「掟」という形をとってイスラエル民族の直中に臨在されるのである。「掟」それ自体は無味乾燥なものである。それが石の板に記されている限りは、それは「型」に過ぎない。しかしそれは、天上にある「本質」に対する「型」なのである。この本質とは、イスラエル民族そのものである。神は人をご自分の御姿に創造されたのだから。
 人はときとして、人生の中で神の姿を追い求める。なにかこう、すばらしい光輝く姿として。それを見たならば人生が変革されるのではないかと思って。しかしそれは妄想であり、彼の人生は依然として生まれたときのままである。そこで、彼は今度は「掟」を求める。しっかりとした石の板に書かれた掟を。しかしそれさえも彼の人生を変える力を持ってはいない。彼の人生が変わるためには、唯一つのことが必要なのだ。それは、彼が神ご自身を生き始めるということだ。神に創られた神の似姿として。神を彼の人生の第一プライオリティに置き、神の御心をこの地上で行うことを第一に求める生活を始めることだ。彼がそのような人生の出発をしたとき、彼は知るであろう。彼自身が聖なる神殿であり、神が彼のただ中に住んでおられるということを。神は、あなたを「永遠の愛」で愛しておられるのである。
 父なる神さま。あなたご自身を生きることにより、あなたを見ることができますように。

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