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2006/02/22

永遠のご計画

創世記 第40章

 ヨセフには、夢を解き明かす力が神から与えられていた。しかし、彼は元はそれを持っていなかった。もし持っていたならば、彼は兄たちの反感を買ってエジプトへ売られることもなかっただろう。それではいつ彼は、この力を受けたのだろうか。
 それはたぶん、彼が受けた幾多の苦難と故郷から遠く離れたことにより、彼のこの世界への執着がなくなったことによるのだろう。人がこの世界に執着している限り、神からの知識はやって来ないからだ。
 しかし、とにかく彼はその力を受けていた。そしてそれは、彼の周りの者にとっても決定的なことであった。彼の言葉がその通りに成就したからである。預言者の言葉は、未来を言い当てるだけではない。それは神と共に未来を創造するのだ。
 しかし状況は、見た目には決して良くなかった。夢の解き明かしを受けた顕酌官は、ヨセフのことを忘れてしまい、彼はその後何年もの間、獄に入れられたままになる。神は何を考えておられたのだろうか。
 私はあえて言おう。神は何も考えてはおられないと。神は決してそのような状況のことは、考えられない。神はただご自身の永遠のご計画のことだけを考えておられるのである。そしてヨセフも、神のご計画だけを見つめていたのである。
 父なる神様。あなたの永遠のご計画だけに目を留めていられますように。

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創造の力

創世記 第39章

 エジプトの人々がヨセフに好意を示したは、彼の人柄のゆえではなく、彼の財産でもなく、また厳密には彼の神のゆえでもなかった。理由は、全能の神が彼と共におられて、彼の周りに祝福を与えられたからである。
 彼は、神が彼に語られたことを人々に語った。それは、外に向かった姿勢だが、神に従うことは実は、彼自身をあらゆる誘惑から守る堅固な砦となっていたのだ。
 しかしこの世界の皮肉は、彼の主人の妻をして、執拗にヨセフを誘惑させた。ヨセフは、神の守りにより罪から守られていたが、彼女の妬みから、暴行の容疑をかけられ、無実の罪を追って牢獄へて下ることとなった。
 しかし全能の神は、そこでもヨセフと共におられて、彼を苦難から守り、あらゆる祝福を彼に与えられたので、彼は獄吏の好意を得、そこの管理者的な存在となった。
 神を信じる者は、彼の周りを改変する力を持つ。周りに応じて彼が変わるのではない。周りが彼に応じて変革するのだ。それは、彼の内に神の創造の力が満ち渡るからである。
 父なる神様。あなたの創造の力を私の人生に満たしてください。

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