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2005/12/10

この世に住むこと

創世記 第19章

 全能の神の使いがロトの元にやってきた。ロトはそれに気づいて、自分の家に迎えようとしたが、彼らはそれを断った。ロトは神を知っていたが、この世的な環境に住んでいたのであった。神は、ロトが住んでいた環境には入りたいと思われなかったのだろう。
 それでもロトが強いるので、神は彼の家に入られた。神は人の願を聞いてくださるお方なのである。
 神はソドムの街に対する裁きの計画をロトに語り、ロトはそれを親戚に告げたが彼らはそれを信じなかった。彼らの罪が彼らの目を見えなくしていたのであった。
 次の朝、神はロトに山へ逃げるように指示したがロトはそこを惜しんで神に請い、一つの街へ逃げ込むことを許された。彼の妻はその後も以前の生活を惜しみ、後ろを振り返ったために塩の柱になってしまった。
 神は、予告されたように、ソドモに裁きを行なわれた。神のご計画は、変えることはできない。もしそれが変わるようなことがあれば、神はそのことをも計画しておられたのである。
 ロトは、災害から救われた後は、山地に住んだと記されている。それまでの彼の人生により、何が大切なことかを悟ったのだろう。しかしそれは、なんと回り道の人生だったことだろう。彼は、自分の妻さえ失ってしまったのだから。
 人が神に従って生きようとするなら、アブラハムやロトのように、この世から離れたところに住む他はないのかもしれない。だから神は、イスラエルを荒野に連れ出されたのだ。しかし、もし人がこの世に交じって生きることがあるいとすれば、それはただ一つ、神のためでなければならない。そのとき、神はその人に特別の恵を与えてくださる。聖霊の油注ぎかそれである。
 父なる神さま。私たちがこの世に交じって住み、福音を述べつたえるために、聖霊の油注ぎをお与えください。

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