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2005/11/21

全能の神を知る

創世記 第14章

 アブラハムは、どのようにして全能の神を知ったのだろうか。そもそも、彼に語りかけた存在が、天地を造られた全能の神であることを誰が彼に教えたのだろうか。
 それは、きっとメルキゼデクに違いない。このいと高き神の祭司がアブラハムに全能の神に関する完全な知識を与えたのだ。
 その結果、アブラハムにとってこの世の繁栄は、もうどうでも良いものになってしまった。アブラハムが取り返してくれた品々をすべて提供しようと申し出たソドムの王を拒否し、ただ神からのみ与えられることをアブラハムは欲した。この聖なる意志は、ただ神からのみ与えられるものだ。このときから、アブラハムにとっての斯業は、神のみとなったのだ。そして、それは「私にとって生きることはキリスト、死もまた益である。」と言ったパウロも持っていたし、さらに歴代の殉教者たちが所有していた貧しさに他ならない。
 天の父なる神様。彼らの聖なる貧しさを私にもお与えください。

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祝福

創世記 第13章

 神はあらゆる面で、アブラハムを祝福された。アブラハムがどこへ行こうと、どのように行動しようと、神の祝福がアブラハムを離れることはなかった。なぜなら、彼は全能の神と契約を結んでいたのだから。
 神はまた、アブラハムのゆえに彼と共にいる者をも祝福された。彼の家族と甥のロト及びその家族である。
 しかし、彼らがアブラハムの元を離れるやいなや、彼らの祝福は去って行った。神は彼らを直接祝福しておられたのではなかったからである。しかし神はアブラハムを通して、彼らを祝福しようと意図しておられたのである。
 神は特定の人を通して、この世界に祝福を注ごうとされる。それが神のなさり方なのである。それは、主イエス・キリストを象徴するものだ。
私たちは、神から祝福を直接に戴くことはできない。神は、主イエスを通してのみ、私たちを祝福しようとされるのだ。
 父なる神様。あなたが良しとする方法で私たちがあなたから祝福を受けることができますように。

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契約

創世記 第12章

 神は、最初の人アダムを選び、彼と永遠の契約を結ぼうとされた。しかしアダムが罪を犯したため、契約は締結されなかった。そればかりか、罪が急速に世界に浸透してきたため、この世界の存在意義さえもなくなろうとしていた。
 そこで神は、ノアという一人の罪の少ない人を選び、彼を通して、すべての生きるものと契約を結んだ。この契約は、一方的なものであり、神の側にだけ「二度と洪水を起こさない」という義務があり、生けるものの側には、何も義務がなかった。これは、正当な契約とは言えず、むしろとりあえずの契約と言えるだろう。神がご自身の義によって、この世界を滅ぼされないようにとの。
 その後、神の前に地は乱れてしまい、バベルにおいて多くの民族に分断されるに至った。その後神は、それらのたくさんの民族、民衆の中にアブラハムという一人の人を見出され、彼と契約を結ばれた。この契約は、ある意味で対等の契約である。もちろん、
神と人」すなわち「創造主と被造物」との間で「対等の契約」などあり得ないのであるが、あえてこのような表現が許されるならば、「人が、自分自身を差し出すことによる対等の契約」と言えるかもしれない。というのは、それに対して神もご自身すなわち、愛する御子を差し出されたのだから。
 父なる神さま。あなたの契約の真の意味を教えてください。

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