この世界は何のために創造されたのか
神は全知全能だから、何かを成すための手段などと言ったものは必要ない。それゆえ、この世界は、神が何かを成すための手段として創造されたのではないに違いない。
つまり神がこの世界を創造されたのは、他に何か目的があるのではなく、その創造自体が目的だと考えられる。(創世記 第1章1節)
神はまた、慰めや楽しみをも必要としない充足したお方だから、この世界は、神の楽しみのために創造されたのでもなく、万物を創造することは、むしろ神の御性質の一部でさえあったと考えられる。それが自然だったのだ。(創世記 第2章2節)
かくして、この世界や私たちは、神の御性質に従い、必然的に創造されたのであり、「何のために」との理由などないと思われる。むしろ、この世界や私たちが創造されず、存在しないという可能性は無いと言える。つまり、神がおられる限り、万物も私たちも存在するしかないのだ。
この時間の中で、エントロピーの法則により、無秩序に向かっている世界においては、手段や戦略が重要となるが、神にはそれが必要ない。永遠の世界には、手段も戦略もない。(伝道の書第9章10節)
私たちが「何のために」と問うのは、この有限な世界にいるからなのだろうが、真理を知るためには、永遠の世界の思いを持つ必要がある。神がそれを与えてくださる。
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