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2005/09/03

誉れ

ローマ人への手紙 第2章

 ローマ人は、「誉れ」に関しての独特の観念を持っていたに違いない。それは、優れたものに対する敬意でもあり、何かこう世俗を超越したものでありながら、やはり人間の考え出したものであったのだろう。
 それが、彼ら独特の律法の合理的解釈を生み出した。それは一見スマートに見えるのだが、その内側は、物欲と情欲、党派心に満ちているのをパウロはするどく見破り、激しく叱責した。
 しかし、人間的な英知をどのように積み上げても、本当の誉れには到達できない。それは、ただ神の元から来るのである。
 主イエスさま。ただあなたからの誉れだけを求め続けることができますように。

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郷里

ローマ人への手紙 第1章

 新約聖書に含まれる、数々の手紙の先頭にローマの信徒への手紙が置かれているのは、とても意味深いことに思われる。
 ローマは、パウロの生まれ故郷であり、成長と研鑽の場であり、そして最後に生涯を閉じる場所でもあったのである。
 彼は、ローマを愛した。ローマは彼の心でさえあっただろう。神は、ローマを心に持つパウロを選び、異邦人への伝道を任せられたのであった。
 故郷というものは、信仰者にとって何か特別の意味を持っている場所のようだ。主イエスも、郷里のガリラヤは苦手だった。パウロにとってもローマはそうであったろう。
 そのローマに、彼以外の人の手により、主イエス・キリストの福音が宣べ伝えられていた。パウロが手をこまねいている間にも福音は、急速に伝わって行ったのであった。
 彼の心は、急に郷里へ向けられた。そして、ローマという学芸と異教が入り交じる場所で、傲慢な人々にとり囲まれて暮らすキリスト信徒の群の苦悩が思いやられた。
 彼には、いったい何ができるのか。しかし、彼にとって重要なのは神のご計画であった。彼のローマ行きを妨げていたのは、反対者たちだけではなかったのだろう。神は、パウロを伝道者としてではなく、証人として派遣しようとされていたようなのだから。
 主イエスさま。ただあなたのご計画のみに従って伝道に進めますように。

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